教育学術新聞寄稿(下)「高大接続のフロンティアは、大学が目を向けてこなかった学校にある」

本原稿は、『教育学術新聞』3月7日号に寄稿したコラムの内容です。編集部の許可を得て転載しております。
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■「教育学術新聞寄稿(上):進路指導のあり方、このままで良いのか」(大学プロデューサーズ・ノート)

高大接続を最も必要とするのは誰か
仕事柄、いわゆる進路多様校や定時制高校、通信制高校など、あまり大学進学者が多くない学校の進路指導について考える機会が多い。多くの大学はこれまで学生募集戦略上、こうした学校をそれほど重視してこなかった。だが、こうした学校の進学希望者に向き合うことは、学生募集に悩む多くの大学にとって様々な気づきをもたらすと筆者は考える。いま国を挙げて進められている高大接続改革についても、様々な示唆を得られるはずだ。
こうした学校での進路指導には労力がかかる。周囲に進学希望者が少ない分、「なぜ大学へ行くのか」と一人ひとり真剣に考えさせることになる。公立校の場合、経済的に余裕がない家庭も多く、生徒一人ひとりの相談に対応するのは大変だ。高校教員の話を聞くたび、様々な事情や想いを抱えて進学へ向かう生徒達に対して、献身的に寄り添う指導ぶりに頭が下がる。だが残念なことに、彼らの指導をさらに困難にしているのが大学側の対応だ。

多くの大学はこれまで学生獲得戦略において、これらの学校を「あまり重要でない相手」だと判断してきたようだ。高校訪問はおろか、一般的な大学案内すら送付してくれない大学もあると高校教員達は言う。出張講義などの校内行事に協力してくれる大学も限られているため、生徒と大学の接点が、全日制普通科の進学校などと比べてどうしても乏しくなってしまう。
生徒達の状況は多様である。彼らにイメージ重視の大学案内や、一律なイベント体験だけで進学を検討させるのは適切ではない。授業で求められる学力水準や学習態度を理解させる、学業とアルバイトの両立が可能かどうかなどを考えさせるなど、「安易に進学させない」ための問いかけや面談も必要なのだ。専門職養成を謳う学科を選ぶなら、その職業の実態を知っておくことも大事だろう。いわゆるAP、CP、DPの理解だ。加えて、定時制高校出身者の中退率・留年率がどの程度かといった、厳しい事実を示す教学データもあった方が良い。これがなければ奨学金の利用などを検討できないからだ。一人ひとりに細かな指導が必要なのである。
手間はかかるが、一人ひとりのミスマッチ可能性を抑制し、成長可能性を最大限に追求していくためには、いずれも大事なことだ。こうして挙げてみればわかるが、これらの施策は決して特殊なものではなく、いずれもここ数年の間に国が議論し、促進してきたものばかりである。
昨今では多くの大学が学生のデータを入試前の段階から卒業後まで集め、分析している。IRやエンロールメント・マネジメントの担当部署を持つ大学も少なくない。こうした分析において定時制や通信制、進路多様校の出身者を「中退リスクが高い層」と判断する大学もあるだろう。だからこそ——彼らこそ高大接続の取り組みを最も必要としている若者達だと言える。こうした高校が大学の力を借りつつ、生徒一人ひとりの多様な環境に合わせた多様な進路学習の機会を提供できるのであれば、彼らを取り巻く状況を変えられる。大学進学後の中退を抑制しつつ、学生を確保できるとなれば、大学側にとってもメリットはある。
18歳人口の減少に伴い、今後は多くの大学が学生募集の見直しを迫られる。前回の原稿で筆者は『進路指導白書』の調査結果を引用しながら、〈すべての高校側が大学の教育力を、適切に生徒達へ読み解かせているとは思えない。このままでは、ただ規模が大きく知名度があるといった理由だけで特定の大学が残る一方、良質で丁寧な教育を行っている小規模大学・短期大学が経営破綻に追い込まれるケースも増えるだろう〉という現状を指摘した。この観点で言えば、大学の教育力を生徒に最も熱心に読み解かせようとしているのは、実は上述したような学校なのだ。どうか彼らを高大接続のパートナーと考えてみて欲しい。こうした高校から求められるアクションは、きっと進学校の生徒も必要としているはずだ。
大学が目を向けてこなかった層はまだ多くいる
先日、ある離島の高校に呼ばれ、生徒向けの進路講演を行った。公益財団法人・日本離島センターによれば、離島に所在する高校は全国で55校。一万三千人以上の高校生が在籍しているという(2013年時点)。規模で言えば滋賀県や香川県の高校生数に匹敵する。
離島の状況も多様なので一概には言えないが、多くの学校で共通する悩みは、大学との物理的な距離の遠さだ。「記憶にある限り、どの大学も高校訪問に来てくれたことはない」と、ある離島の教員は言う。広報活動として考えたときの費用対効果・労力対効果の悪さが、大学にとってはネックなのだろう。生徒がオープンキャンパスに行くための時間的、経済的なハードルも極めて高い。島には大学生が普段は一人もおらず、身近なロールモデルも示しにくい。情報に乏しく、大学で学ぶリアリティを想像しづらいのだ。鹿児島の離島から都内の大学へ進学し、中退した後に他大学へ入り直したというある社会人は「当時は入学する大学の場所すら知らず、紙の上の情報だけで決めてしまった。何をするために、どうしてそこに決めたのかが、まったくわからない」と語った。進学時に選んだ進路で将来の仕事を決めなければならない、と思い込んでいる生徒も多いようで、そうでないと知るとみな安心するそうだ。進路学習の課題には前述した定時制、通信制高校などと似ている部分もある。
こうした高校と大学の関係者が気軽に訪問し合うことは難しいが、今ならオンラインで大学説明会や進路面談を行うことも可能だろう。地域創生をテーマにした学部・学科が全国で増えているのだから、学生を現地に派遣してフィールド研究を行ったついでに、高校生のキャリア教育などに協力するといったモデルが増えても良い。「高校魅力化プロジェクト」といって、地域内外の人材が力を合わせて高校教育の活性化に取り組む動きも、既に全国で広がり始めている。大学の協力は待たれているのだ。
離島で学ぶ高校生の学力は幅広い。高校を持たない離島も少なくないが、あっても1校程度というケースが多数なので、周辺地域から様々な学力レベルの生徒が同じ高校に集っている。MOOCsなどの映像授業を活用できる生徒達も少なくないはずだ。MOOCsの授業視聴にオンラインでのゼミ参加などを組み合わせることで、大学の単位を事前修得し、入学後に認定するといった高大接続の方法もあるだろう。こうした手法は既に制度上可能だが、積極的に生徒に活用させたいという高校が多くないこともあってか、実践例はまだ限られているようだ。だが離島や中山間地域など、大学へのアクセスに課題を持つエリアとの連携であれば高校側のメリットも大きい。こうした学校も、潜在的な高大接続のパートナーだ。
マーチン・トロウは「トロウ・モデル」において、高等教育進学率が50%を越えた「ユニバーサル・アクセス」段階での、大学のあり方を提唱した。大学教育は限られた層のためだけのものではなく、極度に多様なものとなる。万人に高等教育を保証する社会の姿を、彼は我々に伝えている。本稿で紹介したような学校は、その実践のフロンティアである。特に中小規模の私立大学・短期大学にとっては、自校の理解者を得るブルーオーシャンでもあるだろう。高大接続改革を最も必要としている高校生達へ、ぜひ目を向けて欲しい。