国際バカロレア(IB)認定高校を5年間で200校に?

突然ですが下記は、2005年の、日本とフィンランドの、公立学校の授業時間を比較したものです。(数字は、「Education at a Glance 2007」から引用しました)

japan-finland

2003年、2006年に行われた「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」で、日本のランクが低落し、社会的に大きな議論を巻き起こしたのは、記憶に新しいところ。このときは、多くの項目でトップクラスの結果を出したフィンランドに、多くの教育関係者が注目していました。

当時、日本の低落の最大の原因とされたのが、「ゆとり教育」。中でも、以前に比べて授業時間を減らしていたことへの批判は大きく、「ほれ見たことか、授業時間を元通りに長くしなければ、日本は凋落し続けるぞ」といった主張を、様々なところで耳にしました。

でも当時、すでに日本の授業時間は、フィンランドよりもずっと長かったのです。
いま思えば、これでどうして「授業時間を長くしろ」という主張が出てきたのかが、むしろ不思議です。

問題は授業時間の長さではないのですから、本当なら、教育のやり方や教育目標の設定について、日本は見直しを行うべきだったのです。それなのに、「授業時間」という、わかりやすい指標に論点が単純化されてしまったのですね。
「教育のあり方自体を見直す必要がある」という意見はきっと、「そうは言っても、現行のシステムを大きく変えるのは無理だよ」という空気の中で、どこかに追いやられてしまったのでしょう。
教育を変えるのは、なかなか大変です。

さて最近、興味深い報道がありましたので、ご紹介します。

■「海外大入学めざせ、200高校に留学支援課程」(読売オンライン)

文部科学省は、米ハーバード大など難関校を含む世界の大学が採用する共通の大学入学資格取得に必要な教育課程「国際バカロレア(IB)」の国内認定校の拡大を目指すことを決めた。
今後5年間で、認定校と、新たにIBに準じた教育を行う高校を計200校にする計画で、海外で学ぶ日本人学生を増やし、グローバル化に対応する人材を育成する狙いがある。
(上記記事より)

詳細は、上記の記事でご覧ください。

この構想自体は昨年の秋から報じられ、一部で話題になっていましたが、記事には「国内認定校の拡大を目指すことを決めた」とありますから、いよいよ正式に決定したということなのでしょう。

以下、「国際バカロレア」についてご存じない方のために、簡単にご説明します。

国際バカロレア(International Baccalaureate、以下IB)とは、スイスの財団法人「国際バカロレア機構」が定める教育課程です。初等(PY)、前期中等(MYP)、後期中等(DP)の3つで履修基準を設けており、一般的にIBといった場合、世界各国の大学入学資格を得るための統一試験が設けられているDPを指します。

DPの場合、2年間で6つの選択科目や、Extended Essay(課題論文)、Theory of knowledge(知識の理論)、Creativity, action, service(CAS)などを履修し、最後に試験を受ける仕組み。
カリキュラムについては以下の、国際バカロレア機構のページが詳しいです。
■「Diploma Programme curriculum」(International Baccalaureate)

これらの科目で試験を受け、一定水準以上の点数を修めると、国際バカロレアのディプロマ(卒業資格)が得られます。
世界の多くの大学が、入学資格の一つとして、このディプロマを認定しています。IBのディプロマは各国の教育制度に依存しない、国際的な大学入学資格認定だと考えれば良いでしょう。

なお、文部科学省による説明が、以下のページにありますので、ご興味のある方はどうぞ。「1条校が国際バカロレア認定校になるに当たっての留意事項」など、教育関係者向けの情報もあります。
■「国際バカロレアについて」(文部科学省)

このIBに認定された、あるいはそれに準じた教育を行う高校を、「今後5年間で計200校にする」というのが、今回の、文部科学省の構想です。

それではいま、日本のIB認定校はいくつあるのでしょうか。
現在の、各国のIB(DP)認定校数は、以下の通りです。

イギリス:203校
アメリカ:759校
オーストラリア:63校
フランス:11校
スペイン:56校

中国:52校
香港:24校
韓国:5校
インド:79校

日本:15校

「Find an IB World School」(International Baccalaureate)ページより)

IBの教育課程では、授業や試験は、英語、フランス語、スペイン語のいずれかで行われることになっています。数学やコンピュータ科学、芸術などをこれらの言語で学ぶのですから、日本人にとっては、受講するのはもちろん、その授業を運営するのも大変です。

フランスでも認定校は11校、オーストラリアでも63校です。中国とインドはがんばっている方ですが、そもそも人口が全然違いますし、インドに関しては英語が共通語。そして中国、韓国、インドは、アメリカへの留学者が多いトップ3カ国です。

それでは日本で、IBの指導ができる人財をどこから連れてくるのか。言語のハードルだけを考えても、既に「5年で200校」という目標設定は、なにやら無謀な数字に思えてきます。

問題は、言語のことに限りません。

例えばIBの数学では、公式の暗記などはあまりさせず、解くロジックの理解に重点を置きます。試験は、グラフ電卓が必須。日本の教育とは、かなり異なっています。
「Theory of knowledge」という授業があることからもわかるように、IBでは全体として、用意された正解を導き出すのではなく、問題を発見する力や、他人を説得するための論理構築力を鍛えることが重要とされています。

※フジテレビのニュースで、IBに対応した玉川学園の授業の様子が紹介されていました。以下のページに動画があります。IBの教育観を知る上で参考になりますので、まだご覧になっていない方はどうぞ。
■「世界の有力大学への入学資格「国際バカロレア」認定校の授業を取材しました」(FNN)

実は冒頭で取り上げた「PISA」の試験は、このIBのような教育に準拠しているとも言われています。日本の生徒達がPISAの問題に戸惑ったように、IBの教育を行おうとする日本の教員達も、最初はきっと戸惑うでしょう。
言語の壁の方につい注目してしまいがちですが、むしろこちらの「教え方」や「教育目標の設定」の違いを埋めることの方が、日本においては、より大きなハードルになるのではと、個人的には思います。

日本で、この教育を行える人材を、各科目で200校分、5年以内にどうやってそろえるのでしょうか。

とりあえず目標の数字はわかりましたが、文部科学省が、この目標をどのような方法で実現しようとしているのかがわからないと、政策として良いのか悪いのか、何とも判断できません。「実現方法に関して、今後の詳しい情報を待ちたい」というのが、きっと多くの教育関係者の感想でしょう。
(例えば、いわゆる「一条校」が通常科目を英語で教えようとすれば、文部科学省による「教育課程特例校」の指定を受けることも必要になりますが、その認定ハードルを下げる……などでしょうか?)

個人的には指導者の育成という点で、「5年で200校」という目標設定には、無理があるように感じています。少なくとも現時点で、IBに対応できる教員の育成計画がスタートしていなかったら、難しいんじゃないかな……というのが、率直な感想です。

でも、中等教育のカリキュラムや教育水準に、国際標準であるIBの仕組みを採り入れることは、ポジティブに評価できることだと私は思います。

日本の教育環境と、海外大学とを接続する仕組みが、多くの地域に整備されていくのなら、それは歓迎すべきことです。
加えて日本の大学も、1日の筆記試験結果だけを切り取る現在の入試制度から、生徒を総合的に評価する方向へと向かいつつあります。一定のプロセスを経なければ得られないIBを、生徒を評価する物差しの一つとして大学が採り入れていくという方向性は、これから進んでいくでしょう。

5年で200校もできるとは思えませんが、それでも次世代の人財育成を行う方法の一つとして、IBの教育課程を採り入れる高校や中学校、小学校などが少しずつ増えていくのは確かでしょう。既に検討を始めている学校関係者も、少なからずいらっしゃるのかもしれません。

最近は、東大の「秋入学」構想など、大学教育の国際化が話題になっていますが、大学だけいきなり国際化できるわけもありません。留学生のための教育だけを国際化すれば良い、ってものでもないでしょう。国際水準の大学に、日本で教育を受けた人財を送り出すための接続の仕組みも、同じくらい大事です。

もちろん、IBだけがその唯一の仕組み、というわけではありません。ただ、現時点で世界各国の大学から評価されている仕組みですので、色々とヒントになる部分は多いのではないでしょうか。

以上、国際バカロレア認定校に関する話題でした。