安全保障上の「依頼」と、入学審査の間の判断

目立たない話題ではありますが、今後、似たようなケースが出てきそうだという報道を見かけましたので、ご紹介します。

■「イラン国籍」理由に入学不許可は違法 東工大が敗訴 東京地裁(MSN産経ニュース)

イラン国籍であることを理由に「原子炉工学研究所」への入学を許可されなかったのは違法として、イラン人の男性(43)が東京工業大(東京)に3千万円の損害賠償や入学許可を求めた訴訟の判決が19日、東京地裁であった。小林久起裁判長は「男性が難民であるという事実を考慮せず、不合理な差別をした」として、入学不許可決定の無効を言い渡した。
(上記記事より)

記事では、東京工業大学がこのイラン人の男性を不合格にした理由は、

核活動に関連する分野で「イラン国民に対する専門教育の防止」を求めた国連安保理決議に基づく国の要請

……だと紹介されています。

こうした取り決めは、原子力工学をはじめ、特定の分野に関わる研究者の方を除けば、大学で働いている方々でも普段あまり意識されることはないでしょう。

しばしば、こういった報道はなされています。

(過去の関連記事)
・大学でも、「軍事スパイ」防止策?
・軍事転用可能な技術情報を管理する部門の設置が義務づけられる?

イランの核開発に関して国連安保理が行った決議は複数あります。
今回、東工大側が不合格の理由にした決議は、直接的には「国際連合安全保障理事会決議 第1737号」のことだと思われます。

■「安保理決議第1737号:イラン核開発に関する制裁に関する決議」(SUN)
■「SECURITY COUNCIL IMPOSES SANCTIONS ON IRAN FOR FAILURE TO HALT URANIUM ENRICHMENT, UNANIMOUSLY ADOPTING RESOLUTION 1737 (2006)(英語)」(国連安全保障理事会)

こうした決議内容に連動して、日本の各省庁も、様々な通達や依頼を、国内の関連機関に出しています。

■「国際連合安全保障理事会決議第1737号を受けたイラン人研究者及び学生との交流における不拡散上の留意点について(依頼)」(文部科学省)
■「大学及び公的研究機関における輸出管理体制の強化について(依頼)」(文部科学省)
■「対イラン経済制裁について(PDF)」(貿易経済協力局)

ご興味があったら、上記のリンク先をご覧になってみてください。
読んでみると、

外務省より、イラン人研究者及び学生との交流における不拡散上の防止の徹底につき、文部科学省に対し協力要請がありました。
国際連合安全保障理事会決議第1737号を受けたイラン人研究者及び学生との交流における不拡散上の留意点について(依頼)より)

大学等においては、先端的な教育・研究活動が行われているところであるが、このような教育・研究活動を行う上では、貨物の輸出及び非居住者に対する技術の提供等につき規制している外為法の趣旨を十分踏まえる必要があること。
■大学及び公的研究機関における輸出管理体制の強化について(依頼)より)

……と、特に学生の受け入れについて、具体的な線引きがありません。
「どこまで気をつければ良いの!?」と訳が分からなくなってくること、うけあいです。

例えば経済産業省のWebサイトで見られる「安全保障貿易管理に係る国際情勢と我が国制度(PDF)」では、技術や工業製品の流出について注意を促す文書なのですが、民生品が軍事技術に転用される可能性として

・炭素繊維は、一般的にはゴルフクラブのシャフトのようなものにも使われるが、ミサイルの部品にもなる
・冷凍凍結乾燥機は、民生用途としてはインスタントコーヒーの製造に使われるが、細菌(兵器)の保存にも使える

……などの例を挙げています。

率直に言って、これらの「依頼」の通りに気をつけていたら、何にもできません。
もちろん、これらの依頼の趣旨は分かります。大事なことです。
また、実際には、ここまではOKという線引きを政府が行うのも困難でしょうから、当該各機関の判断に任せるしかないという事情も、わかります。

で、

今回の東工大の判決で、裁判所が大学の対処を違法と結論づけた理由が、以下です。

小林裁判長は男性が難民認定を受けている点を挙げ「核兵器活動のような国家活動に関し、国籍国(イラン)との強い結びつきがないことを推定させる」と指摘。「大学側は容易に確認することができたのに、調査をせずに入学不許可の判断をした」と結論づけた。
「イラン国籍」理由に入学不許可は違法 東工大が敗訴 東京地裁(MSN産経ニュース)記事より)

純粋に学問を志してはるばるやってきたのに、国籍だけを理由に不合格になったというのは、確かに気の毒です。自分が同じ境遇だったら、悲しいし、怒りも覚えるでしょう。

通常であれば、国籍を理由にして不合格にするのは不合理な「差別」であると、誰でもわかります。
でも率直に言って、上記のような「依頼」が山ほど政府から来ていたら、大学の担当者が受け入れを判断するのは難しいと思います。

なぜなら、これらの「依頼」は、イランという国を他の国と「区別」しろ、という内容なのですから。
東京工業大学の担当の方々は、国の依頼に基づいて「区別」しただけで、「差別」したつもりはなかっただろうと想像します。

「大学側は容易に確認することができた」と裁判長は指摘していますが、それは難民認定の事実について、だけです。
現時点で難民認定を受けている方なら誰でもOKなのか、といった判断はできません。少なくとも、文部科学省からの「依頼」には、そうは書かれていないのです。

この判断は、大学だけでは決して「容易」ではない、と思います。

現時点で言えるのは、とりあえずイランや、同様の依頼が出ている北朝鮮に関わる案件については、入学審査の前に、文科省や外務省の担当窓口に問い合わせた方が良さそうだ、ということです。
こうしたケースへの対応法については毎回、各省庁に問い合わせるなどして、学内にノウハウを方針を積み重ねていくしかありません。
(そういう意味では、今回の判決によって、各大学は判断のための材料をひとつ増やしたことになります)

また入学後も、教育する技術によっては、経済産業省などの許可が必要なケースがあります。このあたりは、以下の資料にまとめられていますので、ご参考までに。

(参考)
■「安全保障貿易に係る機微技術管理ガイダンス (大学・研究機関用) 改訂版 (PDF)」(経済産業省)

今後、大学が国際化していく中で、職員による国際対応部門が、こういったやりとりの窓口になっていくことも考えられます。教員と違って、各研究分野の専門家ではない方も多いでしょうから、慣れるまではお気をつけください。

以上、安全保障上の問題と、入学審査の間の判断について、でした。