高校の「地学」教育 軽視されている現状をどうするか

高校生のときに履修した理科は、「物理」「化学」の2科目だけだった、マイスターです。

工業大学の付属高校だったので、こんなカリキュラムだったのでしょう。生物や地学は学んでいませんので、中学生までの内容で止まっています。
生命科学や地球規模での環境問題、宇宙開発などが重要な位置を占めているこの時代において、これでいいのかと大人になった今、よく思います。

社会科(地歴公民)にも言えることですが、本当は全部、大事な科目なのですよね。
でも時間割は有限で、教える教員の確保も大変、生徒の負担もあるし、大学受験もある……。
様々な制約の中で、リソースを絞るしかないのが現状なのでしょう。

さて、今日はこんな話題をお届けします。

【今日の大学関連ニュース】
■「教育ルネサンス 星空に学ぶ:(6)地学の先生 減少の一途」(読売オンライン)

宇宙や天文にかかわる指導者の不足が悩みのタネだ。
成蹊高校(東京都武蔵野市)の校舎屋上にある天体観測ドーム。中には巨大な望遠鏡(口径15センチ)が据え付けられている。4月末の放課後、宮下敦教諭(49)が、同校天文気象部の新入部員を案内していた。
「誰か、この機械で望遠鏡を動かしてみて」。宮下教諭の呼びかけに、生徒がおそるおそるボタンを押すと、電動式の望遠鏡がゆっくり天空に向きを変えた。新入部員の1年、藤居萌さん(16)は「こんな望遠鏡を見たのは初めて。これで観測できるなんて幸せ」と目を輝かせた。
同部の活動は盛んだ。学校に泊まっての観測会が毎学期1回、夏には福島県で観測合宿も行う。7月にトカラ列島などで出現する「皆既日食」の観測ツアーも計画中だ。
「望遠鏡も本物。観測する天体も本物。本物が生徒の好奇心を刺激する」と宮下教諭。「今は宇宙や天文に熟知した教員が不足していて、こうした活動もなかなか進まない」とも漏らした。
高校教育で宇宙・天文分野をカバーする「地学」の教員の減少が顕著に進んでいる。
例えば東京都内の公立高校。昨年度は201校中、地学教員は49人で、4校に1人の割合だ。物理や化学、生物の180~260人に比べて圧倒的に少ない。地学教員の新規採用枠は、全国あわせても10人前後の状態が、ここ十数年続いているという。
(略)地学の授業がある高校も当然のように少ない。
高校理科は、「物理1」「化学1」「生物1」「地学1」から1科目を選択する。文部科学省の2004年全国調査では、高校2年の普通科で「地学1」を開設しているのは30%。これに対して、「物理1」は83%、「化学1」は71%で、地学の低迷が著しい。
(上記記事より)

物理科の教員や、物理を履修する生徒が減っている、という話題はしばしば耳にします。
が、それより深刻なのが、地学。
上記の通り、高校理科の中では、圧倒的に軽視されています。

科学技術振興機構と国立教育政策研究所が、全国の高校理科教員を対象に実施した実態調査からは、地学の置かれている現状が読み取れます。

■「平成20年度 高等学校理科教員実態調査 集計結果(速報)(PDF)」(科学技術振興機構理科教育支援センター、国立教育政策研究所教育課程研究センター)

理科の各分野について,「専門性が高い」と回答した普通科の理科教員の割合は,物理で27%,化学で36%,生物で33%,地学で9%と,地学分野が他の分野より低い。理数科,SSHでも概ね同じ傾向である。

理科の「Ⅱ」の付く各科目を指導したことがある教員において,指導が「苦手」または「やや苦手」と感じている普通科の理科教員の割合は,「地学Ⅱ」が48%と最も高く,「物理Ⅱ」が20%,「化学Ⅱ」が18%,「生物Ⅱ」が22%である。また,SSHの理科教員は,「得意」と感じている割合が高い傾向がある。

物理Ⅱ,化学Ⅱ,生物Ⅱは,9割以上の普通科,理数科,SSHで開講されているが,地学Ⅱについては普通科8%,理数科16%,SSH22%と開講割合が低い。
(以上、すべて上記の実態調査より)

この通り、開講されている高校が少ない上、担当教員の専門性も低いという結果が出ています。
物理、化学、生物を専攻した教員が、兼任で地学を教えているケースが少なくないのでしょう。

また、教材費を自費で負担した教員が、普通科高校の「地学Ⅱ」では4人に1人、理数科では、3人に1人という結果も。
これは他の理科科目より高い割合で、学校側からも地学が軽視されている実態が浮かび上がってきます。

そんな中にあって、記事で紹介されている成蹊高校は、例外的な学校なのかも知れません。

こちらは、冒頭記事で紹介されている天体観測ドームのほか、旧制高校だった1926年からの「成蹊気象観測所」を学内に備える、かなりの本格派。

■「成蹊気象観測所」(成蹊高校)
■「施設紹介:理科館」(成蹊高校)

成蹊気象観測所は1926年から継続され、現在は観測ロボットも導入。屋上の天文ドームには五藤光学製15cm屈折望遠鏡が設置。旧制高校から収集されている地学標本は貴重なものが多くあります。
(上記ページより)

リベラルアーツ的な教育を重視する学校では、こうした設備も整備されるのでしょう。
かなり恵まれた環境で学んでいる高校生だと言えそうです。

全国を見ると地学教育の状況は芳しくないようです。

国立天文台などが約20年前に行った高校調査では、約75%の学校に望遠鏡があった。高額な備品のため現在も各校に残っていると思われるが、地学教員が少ないうえ、天体望遠鏡に習熟する余裕がないため、十分に活用されているとは考えにくい。
(冒頭記事より)

いまの高校生の75%が、高校で望遠鏡を使っているとはとても思えません。
普通科で「地学1」を開設しているのが30%である上、それを履修する生徒も多くはないでしょうから、授業で望遠鏡に触れる生徒はほとんどいないのでは。

科目として「地学」が軽視されている理由は何でしょうか。

冒頭の記事は、宇宙や天文、地質などのコースを設ける大学が少なくなったことや、大学入試科目として重視されていないこと、実習用設備・機器が効果であることなどを挙げています。
実際、大学入試科目としての扱われ方は、高校に対して大きな影響を与えていることでしょう。

物理や化学、生物は、「それを学んでいないと受験できない」というケースが多々ありますが、地学はほとんどありません。逆に、大学による受験科目の指定で、「地学」が選択肢に入っていない、なんてことはザラです。

大学入試センター試験においてすら、不利な位置づけはかわりません。
地学は、物理と同じ「理科(3)」に分類されており、センター試験受験者は、「物理I」「地学I」のうちから1科目を選択解答することになっているのです。
物理と競合しているのですね。

平成21年度センター試験理科6科目の、延受験者数は593,864人(複数科目受験もカウント)ですが、地学の受験者は25,931人で、たったの4.4%。
生物29.7%、化学33.8%、物理24.2%と比べると、かなり履修者が少ない結果になっています。

実際、工学系は言うに及ばず、理学系を学ぶにしても、「物理」を学ばない受験生はあまりいないでしょうから、こうした結果になることは目に見えています。
こうした状況が続く中、全科目を履修させることが難しい以上、高校側が地学よりも物理などを優先させるのもわかります。

日本地球惑星科学連合をはじめ、地学に関わる各学会などはこの状況を変えるべく、文部科学省宛に要望書を出したり、パブリックコメントに際した意見書を提出したりしていますが、なかなか状況は変わりません。

逆に、このあたりの状況が変われば案外、高校生の目は地学に向くんじゃないか、という気がしないもでありません。

ちなみに今年は、「世界天文年」。
ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を製作し、天文観測を始めてからちょうど400年を記念する年です。

■「世界天文年2009」

また昨今では、宇宙飛行士を目指す高校生や、高校の天文部を題材にしたマンガなどもあったりします。

こんなところから、地学っておもしろいかも、なんて興味を持つ高校生だっているでしょう。
成蹊高校の事例のように、地道に地学教育にあたっている教員の方々も、少ないとは言え、全国にはいらっしゃるわけです。
地学の魅力を伝える土壌がないとは言えません。

劇的に履修者が増えるとは言わないまでも、もう少し生徒達を地学に触れさせるようなことはできないでしょうか。

例えば、履修科目を選ぶ前に「科目選択のためのガイダンス」を実施する、なんてのはいかがでしょう。

そもそも高校生は、科目に対する情報を持っていません。
どの科目が、どのような魅力を持っているのか。どのような学問の土壌になっているのか。履修することで、どのような進路が拡がっていくのか。
そんな知識を持ち合わせていないのに、科目を選択するというのが、考えてみれば無茶です。

ですから、物理、化学、生物、地学それぞれの面白さと、「それを学ぶことで、後にどういった世界が拡がっていくのか」という話を、選択の前に伝えるのです。
それぞれの科目の教員がプレゼンテーションをしても良いでしょうし、それぞれの科目を学んで大学に進学した卒業生達をゲストに招いても良いでしょう。
そうやって魅力を知れば、「地学が面白そう!」なんて思う生徒も、もっと出てくるのではないでしょうか。
地学だけを優遇するわけでもないので、公平です。

この方法の弱点は、履修者の数が読めないため、高校側の指導体制が組みにくいというところです。
前年のうちにガイダンスを行って履修者を決めてしまえばいいので、中高一貫校などでは実施しやすいかもしれません。

既に、こうした取り組みを行われている高校もあるような気がします。
同様の事例をご存じの方は、教えてください。

最近、宇宙に興味があるので、「地学」についても色々と考えたりするマイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。

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