科学者の広報戦略

マイスターです。

大学の広報、とはちょっとずれる部分もありますが、こんな興味深い話題を見つけましたのでご紹介したいと思います。

【今日の大学関連ニュース】
■「様変わりした科学者らの広報戦略」(読売オンライン)

科学記者を始めた20年ほど前、記者の訪問を歓迎しない科学者は、けっして珍しくなかった。「新聞記者との付き合いには何のメリットもなく、時間の無駄。記者と親しい科学者は、同僚からうさんくさい目で見られる。真理の探究に没頭する科学者が、記者なんていう世俗を相手にしては沽券(こけん)にかかわる」というわけだ。それが今は、まったく違う。科学者も、研究に税金を使うからには自分の仕事を積極的に世間に説明するのが当然だとみなされ、大学や研究所はメディア戦略を練るまでになった。変われば変わるものだ。
(上記記事より)

科学者とメディアの関係に関する、読売新聞の記事。
科学とメディアの関係が昔と変わり、科学者はよりメディアに「寄ってきた」、という内容です。

以前にも、似たような報道をご紹介させていただいたことがありました。

(過去の関連記事)
■科学者とメディアとの関係

今回の記事では↓ひとつ、興味深い事例が紹介されています。

4月の半ばに東京大学で、素粒子物理の研究所で働く3人の広報担当者を話題提供者に招いてシンポジウムが開かれた。米国のフェルミ国立加速器研究所、欧州原子核研究機関(CERN=セルン)、それに日本の高エネルギー加速器研究機構という世界一級の組織で広報戦略を担う人たちだ。
とくにCERNでは、この世のあらゆる物質が質量(重さ)をもつという、いわば当たり前のような事実の真の理由を解明する大実験が始まろうとしている。これは現代科学の根幹にかかわる注目の実験なのだが、その周辺部もちょっと騒がしい。
ひとつは、実験装置の中で小さなブラックホールができて極めて危険なことになるという、SFのようなうわさ。もうひとつは、間もなく封切られるトム・ハンクス主演の映画「天使と悪魔」で、そこでは宗教と対立する科学の象徴としてCERNが実名で登場する。この映画では、現実に科学研究の対象になっている「反物質」が、科学的にはありえない筋書きながら重要な小道具として使われる。
さて、こんなとき広報担当者はどうするか。むかしなら「バカバカしい」と一蹴しただろうが、いまは違う。絶好のチャンスとばかりに打って出たのだ。シンポジウムでCERNのジェームズ・ギリスさんは、考えられる戦略として、(1)科学の真実をゆがめたとして作者を非難する(2)無視する(3)「映画ではこうだけれども……」と逆に科学を広める――の三つを挙げた。そしてCERNは(3)を選んだ。映画の内容と科学にズレがあることを承知のうえで、映画の監督や出演者を研究所に招きいれ、積極的に施設を見せた。映画を宣伝する記者会見まで一緒に開いた。この映画を、科学的に誤ったことが広まる脅威ではなく、世界に「反物質」やCERNが認知されることで本当の科学を広めやすくなる好機ととらえたのだという。
(上記記事より)

CERNと言えば、↓ラップで自分たちの研究内容を説明しようとした動画でも知られています。

(過去の関連記事)
■粒子物理学をラップで説明する科学者

巨額の資金が投入される、世界的な巨大研究機関。
それも、直接何かの利益を生んだりするわけではない基礎研究だからこそ、その成果を世の中に広く知ってもらうための広報活動を非常に重視している……ということなのかと思います。

CERNに限らず、研究者のメディア戦略は、確かに重視されてきているように思います。
多いのはやはり、「自分たちの研究成果を知って欲しい」というケースでしょうか。

学術機関から高い評価を得るためのPRとして。
公費から研究資金を得ているので、その説明責任として。
産学連携を促進するためのPRとして。
研究者としての、社会貢献として。

……等々、広報をする理由は色々でしょう。
その後の研究活動の展開に関わるだけに、ここに力を入れる理由はよくわかります。

あとは、「科学的に正しい事実を知って欲しい」という動機もあるかもしれません。

例えば「エセ科学」と言われるような怪しい理論に振り回されないよう、正しい知識を知らせるなどというのは、その一例でしょう。

教育現場で広く科学への理解を深めてもらうことを目的にして、様々な科学的事実やデータ、最新の研究成果などを広めるという活動もあると思います。
昨今では、「科学技術コミュニケーター」という、最新の科学研究成果を私達のような一般生活者にわかりやすく、かつ正しく伝えることを担う方々もいらっしゃいます。

(過去の関連記事)
■「南極学」を学ぼう!
■ニュースクリップ[-7/27] 「自身の研究テーマをTシャツで表現-北大でデザインワークショップ」ほか

海外では、教育現場における進化論と「インテリジェント・デザイン理論(ID理論)」のように、宗教と科学が一部で対立を起こしていたりするケースもあります。
このようなケースでは、双方がそれぞれの理屈を主張し、一般の方々に向けてPR合戦を展開していたりしますが、これも科学者の広報の一環といえるかもしれません。

冒頭の記事では、科学者とジャーナリズムの関係がなれ合いになることの問題など、さらに重要な指摘がなされていますので、ご興味のある方はぜひリンク元をご覧ください。

日本における科学研究の広報の現状は、いかがでしょうか。

少なくとも大学の広報部は、科学研究の広報戦略を担う部署にはなっていないように思われます。
科学的に関する専門的な素養を備えた上で、大学の研究成果を語れるスタッフは、残念ながらほとんどの大学にはいません。
そもそも、各教員の科学研究を広報するという役割を、大学の本部が担うという発想はあまりないように思われます。

○○教授の研究成果が、○○新聞に掲載されました!

……のように、メディアに取材された成果を後追いで掲載するくらいでしょうか。
おそらく外部のメディアが、ほとんど直接に教員を取材しているケースがほとんどだと思います。
場合によっては、広報セクションには、「取材を受けた」という事実の連絡すらありません。

なお大手新聞などのマスメディアには、科学報道の専門チームがあります。
この方々は、ある程度の科学的な専門知識を持っている方々だと言えますが、実際の報道の際は、「どういう見出しを付けたら読まれるか」といった編集の発想に、かなり流されている気もしないでもありません。危険をあおるような、センセーショナルな報道が多いような気がします。
それに、科学的な見解は、それこそ大学教授などのコメントを掲載するに留まっています。

「サイエンス・カフェ」の活動や、科学技術コミュニケーターの養成が静かに広がっているなど、少しずつ前進している部分もあると思いますが、「一般向けの」科学広報というのは、日本ではまだあまり重視されていないのかもしれません。

ところで今回の新型インフルエンザ騒動では、様々な混乱が起きる中、京都大学が自校の専門チームによる独自の対応をしたことが、話題になりました。

■「【重要】新型インフルエンザに対する本学の方針について(第4版)【5月27日更新!】」(京都大学)
■「保健管理センター:新型インフルエンザに関する緊急情報(第2報)」(京都大学)

自校の関係者が対象ですが、タイムリーに世間が必要としている情報をネットでわかりやすく発信したという点では、社会に対しても大学としての役割を果たしたと言えるのではないでしょうか。

これも言ってみれば、科学研究成果の広報ではあります。
とても地道な取り組みの積み重ねですが、こんなところから、科学広報を考える動きが起きてくるのかな、なんて思います。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。