科学者とメディアとの関係

マイスターです。

研究者がメディアに登場する機会は、少なくありません。

国民的に注目されるノーベル賞級の成果をあげた方は極端な少数の例ですが、他にも世間から注目されるような研究を行った研究者が、研究内容とともにメディアに取り上げられることはよくあります。
「世界で初めて謎を解明した」という先端性が取り上げられる研究もあれば、「多くの人の生活を変える」という影響力の大きさが注目されるケースもあるでしょう。


研究成果ではなく、本人の専門性そのものがメディアで重宝されている例もあります。
コメンテーターとして活躍されている研究者などがその典型でしょうか。
特定分野の記事になると、毎回、各メディアが専門家としての意見を求めてその研究者のところに取材を申し込む、なんて方もいると思います。

ただ「発掘!あるある大事典」で問題になったように、自分達の想定するストーリーに合わせて番組制作側が研究者のコメントを意図的に編集して取り上げたり、観た人が誤解を受けるような表現に変えてしまったりすることもあります。

最新の研究成果には、様々な条件を前提とした中でだけ成立するものや、まだ「仮説」を検証しようとしている段階のものもあります。研究とは、そういう丁寧な検証の積み重ねですから、当然です。10秒で誰にでも分かるように結論が言い切れてしまうような研究は、そうはありません。

でも、10秒で結論を言い切ろうとするのがマスメディア、特にテレビの方々。
もちろんテレビ関係の人がみなそうだというわけではありませんが、悲しいことに、取材から番組制作までの過程で、ものすごく強引な編集を施す人もいるのは事実です。

取材の大半で丁寧に説明していた内容は使われず、「でも先生、実際にはこんなこともありますよね?」なんて感じで誘導され、ぽろっと「まぁ、そういうこともあるかもしれませんね」なんて漏らしたそのコメントだけが切り取られ、見事に発言者の意図とは正反対の意味で使われる。
……なんてケースも、ときには起こります。
(研究者ではありませんが、マイスターの身近では、そういう風にコメントを意図的にねじ曲げて使われたケースがいくつかあります)

あるいは「○○という可能性もある」と慎重に行った発言の映像に、番組制作者側によって、「○○だ!」という断定的なテロップが勝手に付けられてしまった、なんてこともあるでしょう。
少しでもわかりやすく、という工夫ではあるのでしょうが、事実と異なる内容になったら元も子もありません。
学術とマスメディアとの、特性の違いが悪い方向に出てしまう例です。

そんなわけで、メディアに対しては警戒心を持っている研究者も多いと思うのですが、一方で、こんな調査結果もあるようです。

【今日の大学関連ニュース】
■「科学者、メディアと意外にいい関係 関西大教授らが調査」(Asahi.com)

科学者とマスメディアの関係は意外にいい――。そんな調査結果が、日米英仏独5カ国に及ぶ初の大規模調査でまとまり、11日付の米科学誌サイエンスに報告された。不信感があるという小規模な先行研究はあったが、そのイメージが覆った。
関西大学の土田昭司教授(社会心理学)ら5カ国の研究者による共同研究。疫学や幹細胞の研究者で最近3年以内に2本以上の論文を権威ある学術雑誌に発表した5カ国の1354人に調査票を郵送し、回答をえた。
約70%の研究者は過去3年間に少なくとも1回は取材や問い合わせを経験。マスメディアからの接触に対し科学者の57%は「おおむね満足」と回答。不満としたのは6%だった。また、46%の科学者は取材・問い合わせが自分のキャリアに良い影響があったと答えた。悪い影響としたのは3%だった。国や研究分野による回答の差は小さかった。
(上記記事より)

5カ国の研究者による、5カ国を対象にした共同研究の成果だそうです。

「マスメディア」側の人間である新聞記者の方が、「意外に」という表現を使っている辺り、皮肉が効いています。

「おおむね満足」と言えるような取材・報道を受けた方が少なくないということでした。
自分のキャリアによい影響があった、という回答も。

↓こちらの、関西大学のプレスリリースに、もう少し詳しいことが述べられています。

■「プレスリリース:『科学者は象牙の塔に閉じこもってはいない』-科学者は一般的にマスメディアに好意的につきあっている-社会学部 土田昭司教授ら国際研究グループが調査結果発表(PDF)」(関西大学)

↓研究によって明らかになった知見として、こんなことが記載されています。

2 調査研究によって明らかになった主な知見
(1) 科学者にとってジャーナリストからの取材や問い合わせに対応しようと動機づけられる最も重要なことは、それによって多くの人々が科学研究に関心、好意を持ってくれるようになると考えているからであった。科学者の93%が研究に対して好意的な世論が増えてくれることが最も重要な動機づけであると回答した。
(2) しかしながら、多くの科学者にとって取材・問い合わせに応じた自分の発言がどのように報道されるか分からないという不安をかかえており、9割の科学者は自分の発言が「誤って引用されるリスク」があるので取材・問い合わせに応じたくなくなる気持ちになると回答した。
(3) 46%の科学者はメディアからの取材や問い合わせがあったことが、自分のキャリアに良い影響があったと考えていた。自分のキャリアに悪い影響があったと認識していた科学者は3%であった。
(上記プレスリリースより)

ご興味のある方は、ぜひリンク元をご覧ください。

ちなみに、上記の(2)の部分は、今回の調査を報じる上で非常に重要な部分だと思うのですが、Asahi.comの記事では一切触れられておりません。
自分達のイメージを悪くするような、都合の悪い部分は報じない。これもまた、メディアの特性の一つだと思いますが、皮肉な形でそれが示されてしまいました。

ともあれ、科学者とジャーナリストとの関係は、おおむね悪くないようです。
もちろん、冒頭で申し上げたような酷い例はあるでしょうが、全体的には、満足している科学者が多いとのこと。
この結果を見て、かなり、メディアの印象が変わった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

もっともこの調査は、「疫学や幹細胞の研究者」で「最近3年以内に2本以上の論文を権威ある学術雑誌に発表した」研究者を対象にしたものだという、限定付き。
栄養学や政治学などの研究者ではどのような結果になるのかも、個人的にはぜひ調査してほしいところです。
また、取材元が一般紙の場合、専門紙の場合、娯楽番組の場合、ニュース番組の場合などなど、媒体によって回答に違いが出てきたりしていないでしょうか。気になりますね。

ちなみに最近では、こういった学術研究の世界と、一般の人々の橋渡しをする「科学コミュニケーター」と呼ばれる存在の育成に注目が集まっています。
また、科学研究の話を一般の人が気軽に聞ける「サイエンスカフェ」という運動も、国際的に広がってきています。

■「CoSTEP:北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット」(北海道大学)

■「サイエンスカフェとは?」(日本学術会議)

逆に言うと、こういった活動が盛んになっている背景には、これまで学術研究と一般生活者とがうまくつながっていなかった、という反省もあるのでしょう。
こういった場を設けることにはとても意義があると個人的には思いますし、こういった活動に力を入れている大学は、応援したいです。

研究者とメディアの間に立って、研究成果を正確にわかりやすく「翻訳」して伝えられる人材が、こういった取り組みから育っていくことも期待されます。

そうすればいつか、研究者とマスメディアとの不幸な行き違いも、今よりさらに減ってくるかも知れませんし、

9割の科学者は自分の発言が『誤って引用されるリスク』があるので取材・問い合わせに応じたくなくなる気持ちになると回答した。
関西大学プレスリリースより)

……という現状も、少しは改善されるかも知れません。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。