医師不足を解決せよ(1): 医学部卒業生を地域に定着させるには?

マイスターです。

現在、社会問題となっているのが、「医師不足」です。
不足には二種類あります。ひとつは「特定地域での医師数不足」、もう一つが「特定診療科での医師不足」です。

前者に関して言えば、「医師が偏っている」ということです。
東京のような大都市圏では、人口に対する医師の数も多いし、それなりにまんべんなく医療機関が存在しています。しかし地方では医師の絶対数が不足しており、場所によっては容易に医療を受けられないような地域もあるようです。

それはどうしてでしょうか。
メディアなどでもよく解説されていることですが、改めて、確認してみましょう。

医師になるためには、まず医学部を卒業する必要があります。

しかし私立大学の医学部は学費が高額であるため、国公立大学の医学部を目指す受験生も少なくありません。
大都市圏で暮らしてきたけれど、大学だけは地方の国公立大学にしようかな、なんて考える受験生、結構いると思います。

でも、ここが注意すべきポイントなのですが、国公立大学の医学部というのは基本的に、「その地域に良質の医師を供給する」という重要なミッションを背負っているのです。

例えば地方の国立大学で、「医学部を出た学生のほとんどが、都心部に就職してしまう」なんてことが起きてしまったら、どうなるでしょうか。その地域の医師が減ってしまいますよね。
医師が減ってしまうと、医療の充実度は下がります。急患に対応できる医師がいなくなったり、専門の医師を捜すためにより遠くの病院に行かなければならなくなります。下手をすれば、病院の数も減ります。
「無医村」なんて言葉もありますが、病院がほとんどいない地域が生まれてしまうこともあります。

そんな状態にならないよう、国や自治体が予算を組んで国公立大学の医学部を運営し、医師を育成してきたはずなのですが、残念なことに、医学部の卒業生は、地域にあまり定着しておりません。
都心部から進学してきた学生は、医学部を卒業した後、地元である都心に戻ってしまう可能性が高いのですね。
(結果として、県の予算で地元の医師を育てていたはずの県立大学が、実は東京に医師を供給していたなんてことも起きています)

それで地方は現在、深刻な医師不足に見舞われているというわけです。

では、どうすれば、こうした状況を解決できるでしょうか。

既に政府や地方自治体も、様々な手を打っています。

その一つが、医学部の定員増。
入学定員が増えれば、結果として、卒業後も地域に残る医師は増えるのではないかというわけです。

実際、2008年度から青森、岩手、秋田、山形、福島、新潟、山梨、長野、岐阜、三重の各県では、医学部の定員を増やすことが認められました。その結果2008年度入試では、上記の道県に所在する10大学の医学部に最大で10年間、10人までの定員増が許可されています。
さらに緊急医師確保策として各都道府県の判断により、国公私立大の定員を最大5人(北海道は15人)増員できる措置も取られました。

そしてもう一つが、「地域枠」や「へき地勤務枠」の創設です。

【今日の大学関連ニュース】
■「医学部「地域枠」広まる 地元学生で医師不足解消を狙う」(Asahi.com)

08年度の国公立大医学部入試で、「地域枠」を設ける大学が初めて全体の半数を超す。地元高校の出身者らを特別な枠で選抜する制度で、地方の医師不足の解消が狙いだ。一方、地元限定による「質」の低下への懸念などから、地域医療への従事を約束する受験生を全国から集める動きも出てきた。
(略)難関である国公立大の医学部入試は、全国から受験生が集まる。文部科学省の調べでは、国立大の医学部医学科に入学する学生のうち、地元出身者の割合は約3割(07年度)。そんな中、地元出身者の方が将来も残ってくれる可能性が高いと期待し、地域枠が次々と設けられるようになった。
地域枠を新設する山梨大医学部の場合、08年度の募集人員は110人。推薦入試の枠は40人で、そのうち県内の高校出身者を対象とする地域枠が30人以内と、全国で最大規模になる。同大入試課は「県から医師確保の要望が強く、大学としても県民の思いにこたえることにした」。志願者には、医師免許取得後に一定期間、県内で働くとの誓約書を出してもらう。法的な拘束力はないが、修学資金の給付制度を設けて一定期間の勤務を条件に返済を免除するなど、動機付けも図る。
旭川医科大は、08年度は90人中10人(編入学を除く)を地域枠とし、09年度には45人に増やす予定。定員の半数を地元に限るのは全国初という。奈良県立医科大は一般入試の後期日程に地域枠を設ける。他大学で後期廃止の動きが目立つ中、よそに流れていた受験生を引き込む狙いだ。
一方、受験層が狭まるとして学力面などでの「質」の低下を懸念する声もある。和歌山県立医科大は08年度、前年度より定員を増やす25人のうち20人程度を「県民医療枠」とした。同じく新設される県内募集で1浪生も対象の「地域医療枠」(5人)と異なり、全国の学生が対象。うち15人程度は推薦ではなく一般入試の前期日程の募集となるため、2次で英語と数学、理科の個別学力検査や小論文が課される。
卒業後は9年間、県内の中核病院などで働くという誓約書を出すことが条件だが、この枠で合格しなくても一般枠の選抜対象になる。南條輝志男学長は「地域医療枠で学生のレベルが落ちるようでは困ると思った。より良質な学生を集めるのが目的だ」と話す。

(上記記事より)

これらは、地元の医療に貢献してくれそうな受験生を入学前の選抜段階で優遇する……という措置です。

「地域枠」というのは、地元出身の受験生だけが応募できる合格枠のこと。
地元で生まれ育った学生は、そのまま地元に定着する確率も高いだろう……ということですね。

そして「へき地勤務枠」というのは、大学卒業後、医師の少ない地域に一定期間勤務すると約束できる人に限定した入試枠のことです。
こちらは出身地は問わないけれど、卒業後の就職場所を制限するという方式です。

この二つ、以前から政策レベルの動きが色々と報じられていましたが、入試シーズンを迎え、いよいよリアルな数字として表れてきたようです。
果たして、これで優秀な医師を確保できるのか。レベルの高い受験生が集まるのか。
将来の医療水準が左右されるだけに、地元の期待は大きいと思います。

ちなみにこれらの制度、どちらもそれなりに合理的ですが、それぞれに短所があります。

あまり地元出身者だけにこだわりすぎてしまうと、高い能力を持った遠方の受験生が来なくなり、結果的に学生のレベルは低下すると考えられています。これが、地域枠の短所です。

へき地勤務枠の場合、「応募者募集が難しい」というのが短所です。

少し参考になりそうな数字があります。
全国31府県の自治体が、医学部に通っている学生を対象に、へき地への勤務を条件にした奨学金制度を設けているのですが、このうち11県では2007年10月の時点で応募数が定員に達していなかったそうです。兵庫、広島の両県に至っては、募集から半年過ぎても応募が1件もなかったとか。
いずれも、指定病院などで一定期間勤務すれば、高額な奨学金の返済を免除するという恵まれた条件を示していたのですが、「へき地勤務」が敬遠されたというのが原因のようです。

考えてみれば、へき地医療の現場というのは、他に医師が少ない中、自分一人で総合的に何でも診られなければならないような状態に近いのだと思います。卒業してからまだ経験を余り積んでいない状態で、いきなりそんな場所に飛び込むというのは、なかなか決意のいることですよね。
医学部で学んでいる学生ですら敬遠しているくらいなのですから、まだ受験生の段階でそのような決断をするのは、簡単なことではありません。

ちなみに「へき地勤務枠」のモデルになっているのは、自治医科大学の仕組み。
ここは、「原則として学生全員が卒業後はへき地医療に従事、その代わり学費はほとんど無料」という仕組みをずっと以前から続けている、ちょっと特殊な位置づけの大学です。

■学校法人 自治医科大学

この自治医科大学は、さすがに長年の取り組みを通じて、へき地医療に携わる医師をサポートする仕組みやネットワークをしっかり作っているようです。
でも他の大学においては、「これから取り組む」というところも多そう。

学費を大幅に免除されて、総合的な医療の経験を積め、さらに医師として地域医療に貢献し感謝される……これはけっこう魅力ある選択肢ではないかと個人的には思います。
「Dr.コトー」のような仕事にやりがいを感じる人は、本当は少なくないはずです。

大学が研修や情報サポートなどの仕組みをしっかり整え、上記のような不安要素を取り除く努力をすることで、初めて「へき地勤務枠」は成果を上げるのではないかな、とマイスターは思います。

そんなわけで、地方の医師養成のために国が旗を振って進めている「医学部の定員増」と、「地域枠」および「へき地勤務枠」の設定。
本年度の入試が終わった後、どのくらいの成果を上げているのかが注目されています。

しかし最近はこれらに加えて、さらに独自の手を打つ自治体が出てきました。

……と、続けてご紹介しようと思ったら、また少し長くなってきたことに気づきました。
今日はこの辺にして、続きは明日にしますね。どうぞお楽しみに。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。

3 件のコメント

  • 大学(医学部)としてのサポートの充実や、医師の負担を解消するために医療専門事務員(医療クラーク)の養成も叫ばれていますよね。
    これに関して、何か動いている大学ってあるのでしょうか。
    そのうち慶應あたりが「医薬看護連携による高度医療クラークの養成」とか題してGPとったりして・・・。

  • 私が調べた範囲では、美容整形以外の全ての科で石が足りなくなってきてるし、東京だって足りてない(せいぜいかつかつ)みたいですよ。

  • フィリピン医の活用を
    外国籍医認定試験をアメリカと同じくフェアに