アメリカ 「MBAの学費、公立大学が次々に値上げ」

マイスターです。

最近、海外の大学ニュースをよく見かけます。
日本のメディアが海外の大学に注目するようになってきたということでしょうか。

そんなわけで、今日はアメリカの話題をお届けします。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「MBAの学費、公立大学が次々に値上げ エリート私立校に押され“貧すれば鈍する”?」(NBonline)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20071219/143483/
————————————————————

授業料の値上がりは誰しも心配することだが、経営学専攻の大学生は予想外の支払いを突きつけられている。ユタ州立大学のジョン・M・ハンツマン・スクール・オブ・ビジネスもその例だ。ハンツマンでは今年から、上級科目の受講を申し込む学生に対し、1履修単位時間につき35ドルの追加徴収を開始した。「新方式で年間授業料に平均735ドル以上が上乗せされる計算になる」と大学側は言う。

デフリース君は、経営学を専攻していたために学費値上げの対象になった。昨今は多くの大学が“学費区分制度”を採用するようになっており、個々の学生の専攻や学年によって異なる授業料を設定している。この学費制度が急速に拡大している背景には、州政府による公立大学への財政支援の縮小や運営費の上昇がある。

「カリキュラムを維持し、私立大学に教授陣を奪われたり講義内容で劣ったりすることのないようにするため、(値上げは)やむを得ない」と学校側は弁明する。だが一部の公教育擁護者はこうした価格戦略に懸念を示す。学校経営がいよいよ苦しくなっていく中で、公立大学の民主主義的使命が大幅な転換を迫られ、市場原理の犠牲となっていくのではないかと危惧しているのだ。

コーネル大学コーネル高等教育研究所(CHERI)のロナルド・アーレンバーグ所長によると、かつて公教育は“社会財”であり、教育を受ける当事者のみならず社会全体の利益になると見なされていた。しかし今はこういう見方が弱まっているという。「これまで教育や大学教育は、自分自身を見つめ、経済的な心配をせずに好きなことを学べる場とされていた。新たな学費制度の導入で、学生の学習意欲が削がれるかもしれない」と不安を隠さない。

(上記記事より。強調部分はマイスターによる)

日経ビジネスオンラインの記事から。
国立大学、公立大学ともに法人化を進めているわが国にとっても、非常に興味深い内容です。

もともと公立大学というのは、その自治体、その地域の教育水準を向上させ、地域にとっての利益をもたらすためにあるもの。日本でもアメリカでも、それは同じですね。

アメリカの場合、学費にそれが表れるようです。例えば州立大学だと、州の住民かそうでないかで、学費に大きな違いがあります。カリフォルニア大学バークレー校のような世界トップレベルの大学でも、州の住民なら比較的安い額で学べます。

ただ、ビジネススクールに関して言えば、必ずしも「安く学べる」という訳にはいかなくなっているという状況のようです。
授業内容にもよるのだと思いますが、MBA課程でレベルの高い授業ができる人材を雇用するとなると、結構なお金がかかってくることでしょう。

そのコスト増を、大学全体で(つまり全学部の学生で)負担するのか、それともMBA課程の学生だけで負担するのか。
大学によって、そのあたりの考え方は違ってくるのだと思います。

【私立大学との競争に敗れれば存在価値を失う】

特に大きな打撃を受けるのは、ビジネススクールの学生だ。学部課程で値上げの対象となるのは、高額な費用のかかる技術工学や科学、あるいは卒業後に高給や金銭的報酬が期待できる経営学などの分野に限られる。

(略)各ビジネススクールの学部長は、授業料値上げはやむを得ないと主張する。さもないと公立大学は私立に後れを取って、認証を取り消されかねないからだ。「長い目で見れば、値上げは学生のためだ」と言うのは、ユタ州立大学ビジネススクールの学部長、ダグラス・アンダーソン氏。同校は今年から“学費区分制度”を導入しており、100万ドルの調達を予定している。

「一流の教師陣を集められるか、それとも他校との競争に敗れてしまうか。大学のブランド価値に関わる問題だ」とアンダーソン氏は言う。

テキサスA&M大学の副学長ダン・パーカー氏は、ビジネススクールの講師争奪戦で四苦八苦しながらも講義内容の品質維持に努めていると言う。学部課程で金融・会計科目を教える准教授を採用するには、12万5000〜13万5000ドルが必要だ。州の資金援助では、ビジネススクール教授陣が要求してくる高給は払えない。

(冒頭記事より。強調部分はマイスターによる)

このように私大も含め、他大学との競争に生き残らなければならないというプレッシャーがあるのですね。

MBA課程は、様々なメディアなどによって、教育内容などが厳しくランク付けされます。それに記事にもあるように、MBA課程の認証評価機関というものも存在します。財界組織の評価も入るようになっていると聞きます。

つまり、財界を含め、社会から「あそこのMBAでは一流の教育を行っている」という評価を受けられなければ、ランキングが落ちたり、最悪の場合、認証評価が受けられなくなったりするわけです。
大学にとって、それはなんとしても避けたい事態です。
そこで、評判のいい教員を集めるために、どうしてもコストがかさんでいくというわけなのですね。

MBA課程の卒業生は、他の専攻に比べると、卒業後に高給をもらえる仕事に就けるとされています。
受益者負担というわけで、MBA課程の教育内容を充実させるためにかかった費用は、MBA課程の学生に払わせるのが筋だろう、というのが、「値上げ派」の言い分。
まぁ、もっともな理屈ではあります。

しかし当然、こういった考え方に否定的な大学や、学生もいます。
「どうして自分達の学費だけが急に上がるんだ」とか、「公立大学を選んだ意味がない」とかですね。

日本でも、大学間の競争は激しくなっています。
MBA課程に通う方が増えていけば、「あそこには有名な○○氏が教えに来ている」といった評判で、他に差を付けるところもでてくるでしょう。

超一流の研究者やコンサルタントがずらりと並ぶ豪華ラインナップで、卒業生の評価も高いMBAと、そうではないMBA。
多くの人が前者を選ぶと思いますが、当然、前者の場合は学費が高くなるはず。どのくらいの差までなら許容されるのでしょうね。

MBAを出たからといって、高給が約束されるわけでもない日本では、あんまり差を付けられないでしょうか。となると、どこのコースもあんまり大きな差がつかず、似たり寄ったりになってしまうのでしょうか……?

なんてことを、冒頭の記事を読みながら考えた、マイスターでした。