四国学院大学が採用するアファーマティブ・アクション

最近、ありがたいことに、ブログを読んでくださった方からメールをよくいただくマイスターです。

・用語解説:「アファーマティブ・アクション」とは
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50211090.html

↑先日、インドが「アファーマティブ・アクション(Affirmative Action)」を国立大学の入試に取り入れているという話をご紹介しました。

(アファーマティブ・アクション:積極的差別是正措置などと訳される。「機会の平等」のみならず、「結果の平等」にも一歩踏み込んだ形で、マイノリティの社会的地位を引き上げ、格差を解消しようとする行為。詳細は上記の記事をご参照ください)

そうしたところ、この記事を読んでくださった方から、情報をいただきました。
(ありがとうございます!)

なんと、日本にも、アファーマティブ・アクションを入試に取り入れている大学があるとのこと。そこで、今日はそちらをご紹介いたします。

【教育関連ニュース】—————————————-

■「特別推薦入学選考」(四国学院大学)
http://www.sg-u.ac.jp/juken/n_t_suisen.htm
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本学では1995年度入試より「特別推薦入学選考制度」を実施しています。
四国学院はその建学憲章において、「四国学院はキリスト教信仰に立ち、歴史的世界的視野をもって、人権の尊厳と社会的公正を追求し、人類の福祉と平和に貢献する人間性を尊重する」ことを定め、「地域社会と国際社会のさまざまな分野で神と隣人に仕え、正義と平和を希求する良き市民として、未来を創造することのできる有為な人材の育成に努める」ことを教育目標に定めています。
「特別推薦入学選考制度」は、この建学憲章の精神に立脚し、固定化され画一化された人間の定義にとらわれず多種多様な人間存在を受け入れることを通じて、社会の錯綜する諸問題に取り組む人間を育成できる教育環境を醸成するために、施行されているものです。

「特別推薦入学選考制度」は、Ⅰ類(アファーマティブ・アクション枠)と、Ⅱ類(キリスト者、海外帰国生徒)に分類されています。
「特別推薦入学選考Ⅰ類」は、根深い社会的差別・不寛容のなかで大学教育を受ける機会を制限されてきた、被差別部落出身者、被差別少数者(民族的少数者等)、身体障害者に対し、より幅広く、かつ誇りをもって大学教育を受ける道を開くという、アファーマティブ・アクション(格差是正措置)としての性格をもつ入試形態です。本枠での入学者により他の学生たちが啓発され、相互理解を深めることにより、建学憲章のめざす人材育成のための教育環境が、より深く根をはったものとして確立されていくことこそ、本学の目標とするところです。
「建学の精神と特別推薦入学選考制度について」(四国学院大学)より)

というわけで、四国学院大学が、キリスト教信仰に基づいた学園の教育目標に則り、実施している入試です。

「アファーマティブ・アクション(格差是正措置)としての性格をもつ入試形態」だとはっきり宣言されている事例は、日本では非常に珍しいのではないでしょうか。
サイトを見る限りでは、筆記試験を課さず、面接試験を中心に学生を評価するという入試形態のようです。

四国学院大学の、この特別推薦入学選考Ⅰ類ですが、以下のような方が対象である模様です。

被差別部落出身者 5名程度
被差別少数者 5名程度
身体障害者 5名程度

正直これだけですと、どのような方が該当するのか、はっきりしませんよね。そこで四国学院大学では、詳細な定義をwebサイトに掲載しています。
例えば「被差別部落出身者」であれば、通常の一般入試対象者の出願資格に加えて、以下のような条件が必要であるそうです。

出願資格に加えて、出願時に、次の2つの条件を満たす者とする。なお、過年度卒業生であっても出願できる。

(1)被差別部落出身者としての出自の自覚を持つ者。
(2)本学での教育を受けることによって得るものを部落問題の解決に向けて役立てようとする意欲のある者。
「A-1 被差別部落出身者」より)

自覚があればOK、とのことでした。
でも確かにこういうのって、具体的に条件を指定しようとすると、かえって収拾のつかないことになりそうですよね。それに、本来の特別推薦入試の主旨からすれば、実際に本人がどう感じているかの方が、重要なのかも知れません。

2つ目の「被差別少数者」は、この中ではもっともあいまいに思える項目ですが、しかし詳細の定義を見てみると、結構細かく指定されています。

出願資格に加えて、出願時に、次の2つの条件を満たす者とする。
なお、過年度卒業生であっても出願できる。

(1)次の各号のうち、いずれかに該当する者。
①在日韓国・朝鮮人(韓国国籍者、朝鮮国籍者、日本国籍者等を含む、日本の植民地支配に起因して在日する者。)
②アイヌ(アイヌ民族としての出自の自覚を持つ者。現住地は問わない。)
③沖縄人および奄美諸島出身者(ウチナーンチュおよび奄美諸島出身者としての出自の自覚を持つ者。現住所は問わない。)
④その他、現代日本における被差別少数者(この場合は、2004年7月1日~7月31日〈土・日・祝日を除く〉の間に必ず本学の入試課に書面にて申し出ること。)
(2)本学での教育をそれぞれの被差別少数者問題解決に向けて役立てようとする意欲のある者。
「A-2 被差別少数者」より)

こちら、結構意見が分かれそうな内容だなぁとマイスターは感じたのですが、いかがでしょうか。
特に、

沖縄人および奄美諸島出身者(ウチナーンチュおよび奄美諸島出身者としての出自の自覚を持つ者。

の部分。

本土の人間が、沖縄の人々を冷遇してきたという歴史的経緯は確かにあって、それはわかるのです。でも、

<沖縄の人々を本土は冷遇してきた → だから大学入試で特別枠を設けます>

というこの設定に、なんだか不思議な違和感を覚える方も多いんじゃないかな……、と個人的には思ったのです。それは、「論理はわからなくもないんだけれど、果たしてそれが正しい対応法なのだろうか?」というところで感じる違和感です。

四国学院大学も、こうした印象を持つ方が多いだろうということを予想してか、サイトに注記を掲載しています。

《※注記》
過去のやまとの沖縄に対する差別の歴史をさておいても、現在のウチナーンチュおよび奄美諸島出身者を「被差別少数者」と規定することに関しては、疑義および議論の余地がある。ここでは、おもに日本全体の差別構造の中で、沖縄および奄美諸島が占めてきた被差別の位置という意味でこの語を用いている。いずれにしろ今後の日本の平和問題、環境問題をはじめとする政治、経済、文化を考える時に、ウチナーンチュおよび奄美諸島出身者とヤマトンチュの大学における教育研究の積極的な共有をめざすことが重要であるとの認識から、この特別推薦入学選考制度に両者を含めることとした。 (「A-2 被差別少数者」より)

なるほど。意義があることはわかりました。

しかしそれでも、

「だからって、沖縄人だということを理由に、入試で優遇枠を設けるのは正しいのか?」

と考え込んでしまう方は、やっぱりおられるでしょう。

この、四国学院大学による「被差別少数者」の定義の文面を見ていて、マイスターは、ようやく「アファーマティブ・アクション」という制度をリアルに感じられた気がしました。

アメリカの大学がマイノリティ人種を優遇するのも、インドの大学が下位カースト出身者を優遇するのも、やっぱり、相当な違和感を巻き起こす行為なんですよね、きっと。
アメリカだってインドだって、アファーマティブ・アクションの対象になっているのは、必ずしもわかりやすい「被差別階層の人々」だけじゃありません。
人種で区別するなら、黒人だけじゃなくてアジア人も優遇するのかとか、あるわけです。民族で見ても、アメリカには数え切れない数のマイノリティ民族によるコミュニティが存在しているわけですから、そのうち、どれとどれを優遇するんだということを、誰かが決めているはずです。
インドだって、最下位のカーストは優遇するとして、「ちょっと平均より下」のカーストはどう扱うんだとか、判断しにくい領域があるんじゃないでしょうか。

アファーマティブ・アクションを取り入れる際は、「優遇すべき人々はどこまでか」を、誰かが決めなければならない。

考えてみれば当たり前なんですが、実際にやろうとするとこれがいかに困難なことか、皆様にも想像していただけることでしょう。元々、差別/被差別というのはセンシティブな問題です。アファーマティブ・アクションの対象に選ばれなかったことを不満に思う人達が現れる一方で、対象になったことを不問に思う人達も出てくるはず。

差別されてきた人々を救済するための「アファーマティブ・アクション」ですが、この入試の実施に関わる方は、相当な覚悟と信念を持って望まないと、自らも、結果的に誰かを差別する側にまわってしまいかねないわけですよね。

日本でも、アファーマティブ・アクション入試を実施する大学が、これから増えてくるかも知れませんが、「そんなに簡単に、わかりやすい線引きはできない」ということは、先に理解されていた方が良いかも知れません。

・「全国初・難民向け推薦入学制度、関西学院大が新設」
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50200834.html

例えば以前、↑こんな記事をご紹介したのですが、この「難民」のケースや、アジアおよびアフリカからの移民なんてのは、わかりやすい「日本版アファーマティブ・アクション」の想定事例になるでしょう。労働力の多くを海外からの移民に頼るような社会になったときに、日本の大学が、日本社会で生きていくための基礎的な教育を彼らに施すというシナリオ、考えられなくもありませんよね。

ただ一方で、アイヌや沖縄人、在日韓国・朝鮮人など、アファーマティブ・アクションの対象にすべきかどうかの判断が分かれるケースだって、山ほどあると思います。

沖縄人をアファーマティブ・アクション入試の対象に入れる、と聞いて私達が違和感を感じるのは、積極的差別是正措置を適用すべきかどうか、人によって判断が分かれるところだからではないでしょうか。

以上、結論も何もない文章になってしまいましたが、

アファーマティブ・アクションは、相応の覚悟と信念を持って実行すべし、

ということだけは、確かだろうと思います。

アファーマティブ・アクションをどのように入試に反映させるかということについて、絶対の模範例というものは存在しないと思います。もしかしたら、アファーマティブ・アクションという考え方自体が、数年後には無くなっている可能性だってあります。
それでもアファーマティブ・アクション入試を実行するというのなら、学外からの問い合わせに対して、「私達は、このような信念の元、こういう考え方に従って、このように実行している」と、教職員達が説明できるくらいにはなっておくべきなのでしょう。

以上、マイスターでした。

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※マイスターがたまに紹介している、アメリカの「チャータースクール」の制度も、実はアファーマティブ・アクションの発想と無縁ではありません。

チャータースクールには、「マイノリティの生徒を多く受け入れている」「マイノリティのニーズに対応できる」ということをコンセプトに掲げた学校が少なくないのですが、その背景には「マイノリティへの対応を掲げると、チャーター認可が下りやすい」という事実があります。

各校が直接、アファーマティブ・アクションを宣言・実行しているというわけではないのですが、結果的に、差別階層の救済を謳うチャータースクールが多く増えていくような政策方針を、アメリカの各州はとっているんじゃないかな、と思います。
間接的なアファーマティブ・アクション、と言えるかも知れませんね。