世界の少子化事情

子供がまだいないマイスターです。

子供、すっごく欲しいです。理屈抜きに。
そう思うのは、すっごく一家仲良しな家庭に育ったからだと思っています。
家族っていうのはいいものだ、というのがマイスターのイメージする「普通の家族像」で、そこには親と子という関係が、とても自然に収まっているのです。
親子観とか家族観とか人生観とかって、やっぱり自分の育った環境から一番大きな影響を受けるんじゃないかな、と、個人的には感じます。

そんなわけで、個人的には子供が欲しいのですが、それはあくまで、マイスター個人の人生観。

日本中の大人に出産&育児を奨励しよう!
っていうのは…ちょっと別の話になってきますよね。

マイスター、国全体の少子化(&高齢化)は決して良いことだとは思いません。
それどころかむしろ、大学に勤める身としては、

「あ~あ、来年あたり、出産がブームにならないかなぁ」

などと、帰宅中に夜空のお星様を見上げながらふと考えてしまうくらい、切実に子供には増えて欲しいです。

しかしながら、「産めよ増やせよ」と声高らかに叫んでまわるのは、なんとなくためらわれます。(そもそもまだ子育ての経験がないのに、余所様のことなんて言えません…)

「子供を増やすには、こういう施策が有効ではないだろうか」

みたいな話も周囲の方々なんかとよくするのですが、その一方で、

「産むか産まないかなんて、それぞれの勝手だよなぁ」

とも思ってしまうわけです。

ちょっと話は変わりますが、

今、少子化の問題は、国の経済力維持や社会基盤の存続、国家の競争力、コミュニティの崩壊といった視点で語られることが多いように思います。

少子化が進行すると、どういう問題が起きるか。
それを食い止めるために、合計特殊出生率を○○%回復「すべき」だ、といった論調ですね。

言ってみればそれは、上から分析する視点。
マイスター風に言えば、「研究者の視点」です。
現状の社会システムを維持するために問題点を探していくアプローチをとれば、そりゃあ少子化はなんとしても食い止めないといけないでしょう。
「○○すべき」「○○が問題だ」という語られ方が多いです。

マイスターは大学院で研究指導を受けた結果、こうした「研究者の視点」の大切さを知りました。

一方それとは逆に、「現代を生きる、一人の生活者から見た視点」というものがあるとします。

国家の存亡なんて知ったこっちゃないが、自分が生きていくために子供が必要だ(or 必要ない)という、個人の主観的な想いや願い、望みなどです。
マイスターが冒頭で挙げた「子供が欲しいなぁ」というのは、まさにこれ。
「○○すべき」ではなく、「○○したい」「○○したくない」という個人の言葉で語られる視点ですね。

マイスターは、大学院卒業後、プロデューサーとして仕事をしていた時に、

「君は上からの視点、客観的な視点で物事を考えすぎだ。
 世の中の人が、そんなサービスを求めていると『本当に』思うのか?
 君だって消費者、一般生活者だろう。
 自分だったらどういうものが欲しいか、主観的に考えてみろ!」

というダメ出しをよく食らいました。
なので、こういう顧客視点、生活者視点、ユーザー視点を、「プロデューサーの視点」と勝手に名付け、これはこれで大切にしています。

で、少子化の問題に関してはどっちかというと、
前者の「研究者視点」で語られる言葉ばっかりが流通している気が、ちょっとするのです。

そこで「研究者視点」と「プロデューサー視点」を行ったり来たりして物事を考えたいマイスターとしては、世の中で流される言説のバランスをとるべく、もっと主観的な想い、個人の視点をご紹介しておきたいなと思うわけです。
(研究者視点が足りないなと思うときは、逆のことをしたいと思います。どちらも大切だと思います)

前置きが長くなりましたが、そんなわけで本日ご紹介するのは、↓これ。

COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 3/16号 [雑誌]

世界各国1000メディアの記事を日本語訳で紹介する雑誌、『クーリエ・ジャポン』の2006/3/16号です。

「世界の少子化事情 『産まない』という選択」

という特集が掲載されていました。
(特集タイトルだけ見ると『AERA』かなにかの記事みたいですね)

この特集では、

フランスの『ル・モンド』および『ル・モンド2(日曜版別冊)』、
韓国の『ハンギョレ21』、
ドイツの『南ドイツ新聞』、
香港の『香港商報』、
ロシアの『独立新聞』、

以上6メディアの記事が紹介されていたのですが、各メディアが、違う視点で少子化を取り上げていて、なるほど、それぞれの国では、少子化問題はこういう風に扱われているのかと興味深く読めました。

詳しい内容は、ぜひ本誌を買って読んでください。
ここではちょこっとだけ概要を以下にご紹介します。

特に興味深かったのが、フランスの記事でした。
先進国の中で、合計特殊出生率を回復させている国として知られていますよね。
日本からもきっと、議員や研究者の視察団が何組も行ったんだろうなと思います。

子供を持つことに理解のある社会。
子育ての負担を国家が補助し、社会全体で出産や育児を支えるという文化。
日本もそんなフランスを見習え!、という論調、よく見かけます。
マイスターも正直(実はフランスの育児支援システムのことをこれまでよく知らなかったのですが)、漠然とそんな風に思っていました。

でも、この記事を読むと、育児に理解を求める社会というのは、

「子供を持たないという選択肢が選びにくくなる社会、
 子供のいないカップルが白眼視される社会」

でもあるのだよなぁ、と思います。
2~30年前の日本か!?と思えるくらい保守化した社会の姿が、記事では報告されています。今や、子供を持たないということが、偏見の目で見られる原因になってしまっているのですね。

仕事でのキャリアや夫婦中心のライフスタイルを重視し、子供を産まない」
という選択をとることがどんなに困難か、ということが、記事の中で紹介されています。
なんだか、ますます『AERA』の記事っぽいですね。『負け犬の遠吠え』をフランス語に訳して現地で出版したら売れそうです。

よく考えてみれば、育児支援、出産支援の政策を行き届かせた先の結果として、こうした結果も予想できたはずですが、マイスターはなんとなくフランスは自由の国、個人の国だというイメージを勝手に抱いていたので、とても新鮮というか、意外でした。
研究者が参照するデータからは見えてこない、現代フランス社会の一面でありましょう。

『ハンギョレ21』による、韓国のレポートも面白いです。
こちらはフランスと逆で、子育ての経済的負担が大きいため、3人の子供を持つことが、「変わり者」として噂されることを意味するような社会。
社会から偏見の目で見られるのは変わりませんが、その方向がフランスと真逆です。

ロシアは、中絶問題が深刻です。
読んで、びっくりするような状況です。

その他、各国の様々な意見が紹介されています。

(マイスターは、こうやって多様な意見を比較し、何かを発見できるのが好きなので、この雑誌みたいなメディアには好感を持てます)

結局、どの国にもそれなりの問題や悩みがある、ということでしょうか。

少子化は、国レベルのマクロな視点で語る時には、理想社会を構築するための絶対命題として扱われるテーマですが、ミクロな視点では「自由に生き方を選ぶ権利」の問題に直結しているんですよね。

このように、視点によって全然違う問題になってくるわけで、考え出すと、こんなのに理想的な対処法なんてないんじゃないかとすら思えてきます。
実際、少子化に関する論争の中ではしばしば、こうした視点によるズレが見られるように思うのですが、いかがでしょうか。

正直マイスターには、どういう状態が理想なんだか、よくわかりません。

そう言えば、少子化に関しての日本のアンケート調査結果で、
「理想的な子供の数は2人以上」、と回答する方が多かったりしますよね。

それなのに、「実際に産む子供の数」は1.3人前後なわけです。
この事実を元に、

「ほら見ろ、理想とする子供の数と、実際に持てる子供の数にズレがある。
 つまり、持ちたくても持てない社会的な原因があるんだ。
 だから、今の社会はダメなんだ!」

という主張を展開する方って、いますよね。

マイスターもちょっと前までは「そうだよなぁ」と、こうした主張に納得していたのですが、考えていたら、

人類の歴史の中で「理想的な子供の数」と「実際の子供の数」が一致したことなんて、一度でもあったか? 

…という疑問に突き当たりました。

というより、そもそも「理想的な子供の数」という考え方自体が、まだまだ歴史の浅い発想なんじゃないかな、と思います。

少子化だー!…なんて国ぐるみで焦ることが、実はすっごく現代的なことなのでしょうね。

もちろん、国家全体の経営を考えたとき、少子化は由々しき問題です。
何らかの対策が必要なのは、間違いないでしょう。

でもこの通り、私達が出会って間もない問題なのですから、解決策を見つけるのにも、まだまだ時間がかかりそうです。

というわけで今日は、各国の「個人の想い」をベースに、少子化について考えてみたマイスターでした。

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(関連記事)
■少子化について、大学はどう対処する?
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50019838.html

5 件のコメント

  • 少子化はあまり問題ではないと思っています。少子化が問題になるのは、高齢人口に対処するだけの経済力が確保できないからでしょう。仮に高齢化が解決できれば、少子化であってもそれは日本というマーケット全体が縮小するだけのことで、企業や大学がそれに合わせて淘汰されるのは自然なことで特段問題がありません。・・・ここまでは問題の整理。
    高齢化に対処といっても特に方策がないのでちょいと迂遠に少子化を防ぐことで高齢化に対処、というのが現状でしょう。

  • その他の策には例えば
    ・ 高齢の親を扶養することによる税金の相当な扶養控除、あるいは個人税から世帯税へのシフトにより、高齢者がいる世帯の税を優遇し、親との同居を薦める。子は親の世話をし、親は子の子育て(つまり孫)を手伝う。
     こうすると税収は減りますが、代わりに福祉に使うお金が減ります。
    ・・・というのがあります。人口から来る経済矛盾には対処できてませんが、その他の問題がかなり解決できるし、子供も生みやすい・育てやすい環境になるように思います。ライフスタイルとしてどうしても親と同居したくない人の多さによりますけどね。
    #以上、麻生外相のサイトからの受け売りですがなるほどうまいこと考えるなあと思ったので

  • 「子供、すっごく欲しいです。理屈抜きに」を嬉しく感じたLUSAです。
    はじめまして。ほぼ毎日読ませていただいております。
    真面目な議論でなく雑感で失礼します。
    子どもの話が出たので日頃思っていることを。
    「結婚するかしないか、子どもを産むか産まないかは個人の自由。
    月並みに結婚して子どもを産むだけが人生じゃない・・・」
    私はもともとはそのように考えていたくちです。
    幸か不幸か結婚して二児の母になりました。
    保育所に預けて仕事を続けています。
    自由になる時間は少なくて、勝手ながらイライラすることもある日々。
    でも
    子どもがいて(授かって)良かったと思っています。
    しょっちゅう子どもを怒ってますが、でも癒される。見ていると発見が多い。自分の足りない面にも気づく。などなど。(その2へ続く)

  • (続き)
    昨今、結婚しない・子どもは産まないという選択をする方々がいらっしゃると同時に環境のせいか、ほしくても子どもができないという方も増えているようです。
    今回書かれた社会的な要素以外にもこういう要素もあって、出産育児等々を話題にするのが非常に微妙な時代になってしまっている気がします。残念。
    産むか産まないかは確かに「それぞれの勝手」なのですが
    このところは「生物学的に見てもやっぱり子孫を残すことが自然なんじゃないかな」
    と思うのでした。

  • この春から大学職員(臨時パート)をします。
    子ども3人います。そのために仕事もキャリアもはっきりいってどぶに捨てました。結果的に、子どもを取れば、すべてが台無しになるという現実が、女性に子どもを持つことをためらわせる大きな要因になっていると思います。子どもを持つと、7割の人が仕事を退職している現実は重いです。
    仕事を続けられるのは、恵まれた境遇で高収入、かつ周囲の手がある方だけなのではと思います。
     子どもという存在が生きていく上での重大な足かせになっているという現実。
     最近の不安定雇用、低収入では仕事を失ったら暮らせない、派遣や契約社員などは妊娠したら仕事を干される可能性のほうが高いのです。だから子どもをもてないという声もよく効きます。決して贅沢をしたいから子どもがもてないのではないのです。