情報教育を考える(3):『メディア・リテラシー - マスメディアを読み解く』

本格的な情報リテラシー教育、メディア・リテラシー教育を行う授業に出会ったのは、大学院の時だったマイスターです。

あるときの教材は、NHKかどこかで放映された、とあるドキュメント番組。
「トルコ大地震が起きた時、各国がどのように災害現場に支援を行ったか」を扱った、いたって真面目な番組でした。
最初に、災害現場(仮設村)での取材映像が流れて、それに関してスタジオのコメンテーター(ゲストの有識者を含む)がコメントをする、という構成でした。

授業の中で、この番組を丁寧に分析しながら見てみると、

○日本の仮設村の映像は、雪が降ったり、雨が降ったりしているときのものだけ。日がささず、暗い天気の日の、室内の映像ばかりで構成されている。また、住居から水が漏れたり、住人達が寒さに凍えたりしている様子ばかりをクローズアップして撮影している。登場人物はみんな、しかめっ面の大人や老人。
それに対し、ドイツの仮設村を映す時は、必ず気持ちの良いぽかぽかの快晴。しかも子供達が遊び回り、住人達が楽しく外で会話している様子だけを撮影している。出てくる人はみんな笑顔。

○日本とドイツそれぞれについて良い点、悪い点があったはずだが、日本の仮設村でのインタビュー取材ではデメリットに関する意見だけを、ドイツ側の取材ではメリットに関する意見だけを取り上げて放映し、「日本の支援を評価する住民はいませんでした。誰も感謝しておらず、むしろ迷惑がっていました」という論調に仕立てている。

○トルコ⇔ドイツ間の距離と、トルコ⇔日本間の距離はかなり違うし、国家同士の関係も異なる。従って、できることにも差があって当然のはずなのに、番組中、誰もそうしたことについて言及をしていない。
「ドイツの支援は素晴らしいですねぇ。心がこもってますねぇ。それに比べて日本は…」という視点での意見ばかりを流している。

○スタジオのコメンテーターが、震災被害に関する技術の専門家だけ。
(当然、技術者は、技術的に優れているか否かのコメントしか出せない!
しかも司会が「○○先生、この仮設住宅には、技術的に改善すべき点がどこかにあるんじゃないですか?」など、Yesとしか答えようがない質問ばかりする)
国際支援に関する専門家や、支援活動の経済的、地理的側面を知る実務経験者、NGO活動などに関する専門家などは一人もコメンテーターに含まれていなかった。

…などなど、数多くの仕掛けがなされていることがわかりました。

「日本の支援はなってない。現地の人のニーズをわかっていないし、支援される物資も貧弱だ。それに比べて、ドイツなどの支援は素晴らしい」…ということを訴えるために、意図的に映像が構成されていることが明らかでした。

この番組だけ見ていると、

「日本の支援は全然なっていない。誰にも感謝されていないじゃないか。これじゃ税金のムダだ。もっと他の国のやり方を見ならうべきだ」

と、つい「印象で」思ってしまう番組構成なのです。

でも冷静に考えてみれば日本の支援だって、仮設住居に入れた人にとってはありがたかったでしょうし、感謝している人も少なからずいたはずです。
そもそも国際関係学的、地政学的に見て、トルコで、ドイツと同レベルのことを日本が行う必要性があったかどうか。
日本の行為も、決して、否定されるところばかりではないはずなんです。
完全ではないかも知れないけれど、できる範囲で、適切な対応をとったと言える部分もあるわけです。
(授業の中では、番組では紹介されなかった様々なデータが紹介されたのですが、データを見る限りでは、日本はわりとよくやっているという感じでした)

でも、観ている人の心の中でそれを覆してしまう、演出された映像の恐ろしさ。

マイスターはメディアに関する勉強をしていたから大学院でこうした授業に会えたわけです。
でも、全く専攻が異なる方などは、こうした授業をなかなか体験する機会はないかも知れませんよね。

日本では、まだまだ、情報リテラシー、メディアリテラシーに関する教育は遅れています。
特定の分野を大学で専攻したり、よっぽどメディア教育に力を入れている学校に入らない限り、成人後でも、こうしたことを考えずに過ごすことになりかねません。

というわけでマイスター、
情報リテラシー、メディアリテラシーに関するいい教科書はないかと思い、図書館や書店を探しまわりました。

で、一冊、これはいいなと思える本を見つけましたので、今日はそちらをご紹介します。
   ↓

メディア・リテラシー―マスメディアを読み解く

様々な本を読んでみて、上記の本が一番、マイスターが思う情報リテラシーやメディアリテラシー教育に近い内容でした。
カナダの、オンタリオ州教育省がまとめた本です。

試しに書名でGoogle検索してみたら、大学のシラバスなどがいっぱい出てきました。
やっぱり、知る人は知っているのですね。

(ほんの一例)
■2003春学期・概念構築「メディア・リテラシー」(PPTファイル)(慶應義塾大学)
http://web.sfc.keio.ac.jp/~tsaito/mag030623.ppt
■2005 年度SCS遠隔共同講義 後期「情報とメディア研究」 2005 年10 月28 日
カナダのメディア・リテラシー教育の歴史と現在(岐阜大学 )
http://www.crdc.gifu-u.ac.jp/cerd/scs/resume2k5/scs20051028uesugi.pdf

(どうもカナダはメディア・リテラシー教育で知られる存在だったようです)

この本は、教師が授業準備をする時に参考にするためのマニュアルとして書かれていますので、具体的なアドバイスも多く、非常にイメージが掴みやすいです。

この本、何がいいかって、1992年発行なのです。
(カナダでの発行は、1989年)

つまり、インターネットに関する内容が、まったく含まれていないのです。

この本が扱っている「メディア」とは、

○テレビ
○映画
○ラジオ
○ポップ・ミュージックとビデオクリップ
○写真
○プリント・メディア
(&クロス・メディア研究)

…のことです。

  <情報、メディア>
 = インターネット
 = コンピューター室での演習

という固定観念を持っていると、かえって、メディアリテラシー教育の本質を見誤りるのではないかというのが、マイスターの持論です。

なのでその意味では、まさにうってつけの参考書です!

書かれている内容は、体系的かつ具体的です。

本書の大部分は、上述した各メディアに関する、わかりやすい授業マニュアルで構成されています。

例えばテレビの場合、

・テレビの歴史
・テレビの経済学
・テレビの影響力

といった、教師のための前知識解説から始まり、

<テレビのリアリティ構成>
・テレビの登場人物について考える
・テレビでの、家族の描かれ方について考える
・テレビでの描かれ方と、実際の存在との違いについて調べる
・テレビの演出と、文学の演出の違いについて調べる
・観客の影響について考える
・テレビの「有名人」について考える

・テレビの「ジョルト(インパクトを与えるための演出)」について
・サウンドトラックの音楽について
・スポーツのテレビ化について
・善玉と悪玉の描かれ方について

・様々な種類にの番組についてのケーススタディ
・テレビの商業的背景

などなど、非常に多様な面から、テレビというメディアにアプローチするための方法が用意されています。
(上記は各項の大体の内容を書き出したものですが、本書にはもっと詳細かつ具体的に、教育現場で実践するための例が書かれています)

テレビだけで上記の項目をすべて実践するのはもちろん不可能でしょうから、実際にはどれか行いやすいテーマを選んで実践すればいいと思います。

ちなみにマイスターは、メディアリテラシー教育では、インターネットよりもまずは既存のマスメディア、特にテレビについて教えることが必要だと考えています。
現在はインターネット上のコンテンツばかりが悪者扱いされていますが、人々への影響力という点では、テレビの存在の方が圧倒的に大きいのですからね。
(大人だって、テレビと適切につきあえているかどうか、怪しいものです)

ですのでぜひ、上記のような多様なアプローチをお試しいただきたいなと思います。

こうしたメディアごとの解説の他、「各教科カリキュラムのなかでのメディア」なんて記述もあります。
国語、社会科(地理、歴史)、家庭科、科学とテクノロジー、美術、音楽、体育・保健衛生、数学での授業においてメディアリテラシーを教えるにあたってのアドバイスが紹介されています。

どの項もよく考えられていて、マイスター、非常に感心しました。

以上、優れた参考書でした。
今回はカナダの方々が書かれた、ちょっと古めの本をご紹介しましたが、日本のものもあると思います。
インターネットメディアについても言及した、新しい本もあると思います。
いい本をご存じの方は、ぜひ、教えてください。

というわけで、今日はメディア・リテラシーに関する教育の方法論について、参考となる本をご紹介致しました。

次回は、「誰が、いつどこで、こうした教育を行うの?」ということについて、考えてみたいと思います。

以上、マイスターでした。

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(おまけ)

プロパガンダ・デイドリーム

テレビ制作の現場を舞台にしてメディアの情報操作を描いた、鴻上尚史氏の戯曲。

テレビメディア自身は、テレビの問題を批判できないのですね。
というわけで、これは演劇の脚本です。

メディアリテラシーの教科書にはならないと思いますが、メディアの情報編集の様子をとてもわかりやすく表現しているので、とっかかりとして読まれてみると面白いかも知れません。
内容はなかなか鋭いのですが、演劇の脚本だけあって文章自体は読みやすく、どなたでも手軽に読めます。
個人的にオススメです。

メディアとは関係ありませんが、日本的な「世間様」という存在についても考えさせられる内容です。