60年代の大学生と、90年代以降の大学生

学生時代の友人は、3~4割くらい、既に転職をしているマイスターです。

「1年未満で会社を辞める若者が増えている」といった新聞記事を良く見かけますが、マイスターのまわりでも多いので、実感があります。

フリーターになったり、海外に留学したり、
建築家事務所で安月給に苦しみながら野望を燃やしていたり。

「そのうち独立してやる!」と思いながら働いている人間の割合は、もっと高いでしょうね。

現代大学生論 ~ユニバーシティ・ブルーの風に揺れる

著者の溝上慎一氏は、京都大学高等教育研究開発推進センター助教授であり、心理学者です。

「自分が本当にやりたいことが見つからない」自分に焦っていたり、

「やりたいことが見つからないから」とフリーターになったり、

「いつか独立して会社を持ちたい、でも○○にも興味がある」と熱心に言いながら、実際には具体的な行動を何も起こさず漫然と過ごしていたり。

そんな現代の大学生を読み解く本です。

「将来の考え方」
「大人社会の捉え方」
「仕事と私生活の分け方」
「大学の学びに対する姿勢」
「実際の大学生活」
  :

などなど、様々な調査結果や文献を引用しながら、
1960年代や、1970~80年代の学生と現代の大学生を比較して論じています。

「現代の大学生は昔に比べて…」
といった文章は、新聞や一般週刊誌でもよく見かけますが、
エライ人の単なる思い出&自慢話だったり、
編集者の個人的な印象&思い込みが記事全体をガッチリ固定していたりで、
正直、あまり参考にすべきものは見かけません。

その点、この本は専門の研究者によるものということもあり、
統計なども豊富に交えつつ、非常に丁寧に解説していて、参考になりました。
今までより、深く、大学生を理解できるようになった気がします。
(あくまで、「気がする」ですけど)

かつての大学生は、就職を

<より高い場所にある大人社会、職業社会に入ること>

と捉え、そうした自分の外の環境から、自分自身を規定しようとしていた。
この本ではそう論じています。

これを著者は、「アウトサイド・イン」と呼んでいます。
(※直訳すると「外側から内へ」ですね)

これに対し、現代の大学生は、

<自分の関心や興味があって、そこを外部世界とつなげようとする>

という将来の捉え方をします。

これを著者は、「インサイド・アウト」と呼びます。
(※直訳すると「内側から外へ」です。うむ、わかりやすい)

60年代の大学生は、例えば就職先を選ぶとき、何にも増して
安定してしっかりした企業であることを重視していたのですね。

特に文系学生は、

自分のやりたいことができる企業よりも
安定した大企業であることを重視する

と、はっきり回答しているのが、記録からわかります。
<アウトサイド・イン>ですね。
学生という、未熟で、相対的に低い位置にある存在から、
より高い、成熟した位置にある大人社会に「入れてもらう」という感覚が、その後ろにはあるのかもしれません。

また、当時は「工員か職員か」という、職種の階層意識が今以上に強く残っていましたから、職員階層に入れてもらえれば、成功という認識があったのかもしれません。

安定した雇用を手に入れることが難しい時代、というのも、当然あったでしょう。

え?
安定した企業の方がいいなんて、今でも当たり前のことだろうって?
いやいや、そうでもありませんよ。

マイスターの世代より下で、大学生のうちから

「自分のやりたい仕事じゃなくても、安定した企業なら入りたい」

なんて主張する人は、あまりいません。

60年代と比べてどうかはわかりませんが、安定した雇用は、この10年でいっそう手に入りにくくなっていますし、大卒で年収300万円代の社会人も珍しくありません。
しかしそれでも、「安定よりやりがい」という意識が、この世代には、強いです。

現在、誰もがうらやむ大企業に勤めながら、1年や2年で転職する若者が多いことは、そのひとつの証拠でしょう。

90年代以降に大学生活を送ったような人は、少なからず、
<インサイド・アウト>
の人生観を持っているのではないかな、とマイスターは感じます。
かく言う私も、そうです。既に転職してます。

超名門大学の学生でも、そうでない学生でも、それは同じです。
自分がやりたいことって何だろう?と考えながら、社会人になってもみな、手探りで自分に向いた仕事を探しているのだと思います。

ついでに言うと、「マズローの欲求階層説」なんていうのがあって、人は最低限の生理的欲求や、安定を手に入れていったら、最終的には自己実現を求めるものなのですよね。

今の若者は、生まれたときから食うには困っていない世代ですから、<インサイド・アウト>でしか手に入らない自己実現を求めるのも、当然だったのかもしれませんよ。

で、著者は、

<アウトサイド・イン>と<インサイド・アウト>の、

どちらがいいとは言っていないのですね。

ただ、<インサイド・アウト>の方が、
悩みや困難を伴う、大変な過ごし方ではないか
、とは述べています。

「自分が本当にやりたいこと」を見つけるって、実は結構、大変です。
マイスターも、転職したばっかりだから、それはとてもよくわかります。

大学生活を送るうちに、自然と自分のやりたいことがわかってくればいいのですが、
そんなに簡単に、「これだ!」と思う将来が見つけられるはずがありません。

やりたいことをなかなか見つけられない不安が、
さらなる焦りや、自信の喪失、大学生活全体に対する不満となって、
自分自身を悩ませる、なんていう循環にはまることもあるでしょう。

だから、
<インサイド・アウト>の生き方を模索する学生は、
あれこれ悩む前にまず動いた方がいい、と著者も述べています。

マイスターも、そう思います。

本当は、<インサイド・アウト>の学生がみんな将来を真面目に考え、行動力にあふれている若者かというと、たぶん、そうでもないのですよね。

メディアの情報や、周りの雰囲気に影響されて、

「なんとなく、サラリーマンはいやだなぁ」

という程度のレベルで、華やかな夢の表層だけを語っている学生だって、きっと大勢、いるのですよね。

で、実際には何も行動せず、夢を実現させるための準備を進めないで、

「まだ、何をやりたいか決められない」

って、言ってたり。
自分に都合が悪い情報は見たくないですしね。
でも、<インサイド・アウト>の生き方を志向するなら、こうしたリアルに向かうことも、避けられません。

なかなか、誰にでもできることではありませんが、それでも個人的には、
<インサイド・アウト>の生き方を応援したいです。

この本を見る限り、
60年代あるいは7、80年代の大学生は、そもそもこんな

「自分に向いている仕事って、何?」

なんて、例外的な人を除いて、あまり考えていなかったようです。
学生運動の激しさばかりがメディアで流通するので、

「昔の大学生は立派だった、勉強していた、考えていた」

という印象があります。
でも、学業を中心とした普段の生活に着目してみると、授業にはあまり出ず、大学ではほとんど勉強せず、試験も楽勝で、マージャン、アルバイト、映画などの娯楽にふけっていた大学生像が浮かび上がってくるのですよ。

また、今よりもずっと学歴に甘えていたようです。
より大きな会社、より有利な就職を担保するものとして学歴のレールを利用し、大人社会に入れてもらっていたようです。
(実際、学生運動が終わったとたん、権力を批判していたはずの東大生達が、政府の高官としてあっさり素直にアウトサイド・インしていきました)

で、現在を見てみると、

今でも、いわゆる名門大学の方が様々な点で有利ではありますが、それだけで食っていけるほど世の中は甘くありません。
かなりの数の学生が、それを理解して暮らしています。

なかなか行動に移せずにいるとしても、頭では

「俺はこのままじゃダメだ!なんとかしないと!」

と、もがきながら生きているわけです。

そんな<インサイド・アウト>の若者達、
応援したいではありませんか。

ちょっと夢見がちな彼らだけど、若者が自己実現を求めるのは当然のこと。

彼らがリアルを見つめられるお手伝いを、マイスターもしたいなぁと思います。

(ちなみに、マイスターも典型的なインサイド・アウトの若者なので、偉そうなことは言えません)