「当事者」になって知ることができたこと

子どもの頃、ライオン株式会社の
「暮らしの中に いつもライオン」
というキャッチフレーズにおびえていたマイスターです。

よく考えると、どえらいことになってますよね?ね?

さて、マイスター、「プロデューサーだぁ」などと普段偉そうなことを書いていますが、やっぱり転職してよかったと思うことも、大変多いのです

その一つが、「当事者の感覚を得られた」です。

プロデューサーという職種は、常に「外部の人」というスタンスで仕事をします。

「組織を改革しなきゃいけませんよ」

とか、

「コンテンツの発注をしてから、上司の許可をもらいに行くのはやめてください!」

とか、

「広報組織のガバナンスをスリム化してください!」

とか、好き勝手に言える立場です。
というより、外部の人だからこそ、内部の人に代わって、こういうことを言うのが仕事でした。

組織というのはおかしなもので、いくら合理的なことでも、社内の人が提案したことは通らないわけです。
で、大金を払ってコンサルタントを雇い、代わりに提案してもらうと、同じ内容でも通るわけです。

合理的なことをやるのに、とっても合理的でないプロセスが必要になるのが、ザ・日本組織、ですねー。

というようなことを特に強く意識したのは、今の大学に転職してから。

いやもう、合理的でないことが多すぎて多すぎて。

日本のサラリーマンは、こういうところで苦労していたんだなぁ、
そりゃあ、『島耕作』もあんだけ売れるよなぁ、

と、実感する日々です。

昨日は、たまたま非合理的な出来事が2つも起こったので、ついそんなことをしみじみ考えました。

ちょっと、その出来事をご報告。

試験期間なので、朝から教員が試験監督をやっているわけですね。
で、試験が終わると、教員がその都度、講師室に戻ってくるわけですよ。

で、そのとき、試験で問題がなかったかを、プリントに記入してもらうわけです。
A4いちまいで、30秒もあれば書けるチェックシートみたいなものですね。

ところが、このチェックシート提出を拒否するセンセイがいる。

「こんなくだらないものはね、ボクは出すつもりはないんだよ!」

と、朝っぱらから怒鳴っている。

自分の試験ではなく、他の教員の試験の監督をした教員でした。
その試験は、受講者が多いので、2クラスに分けざるを得なかったのですね。
で、2クラス目の監督をしていたわけです。

いったい何がどうくだらないのかは不明です。
マイスターも、そりゃあ官僚的に、意味のないシートを渡されて「はい、これ記入してね」とか言われたら、ちょっと嫌かもしれません。

ただこの場合、
試験をやるってことは、それで今期の学習成果を測定しようとしているわけで、
それを監督した人が、問題がなかったか責任持って報告するってのは、
大学の根幹に関わる、けっこう重要なことなんじゃないのかと、思うわけです。

で、マイスターは正しい大学職員として(?)

「センセイ、それは困ります。提出をお願いします」

と言ったのです。

そしたら、マイスターをスルーして、上司のところでなんだか色々、怒鳴ってました。
声がでかい教員なので、なかなか迫力があります。

「教授会で突き上げてやらなきゃな」とか言ってました。

何をどう突き上げるのかはわかりませんが、たぶん、この仕組みを考えたのも、教授会だと思いますぜ。

あと、最後に

「キミ、名前は?」

と、マイスターの名前を聞いてきました。
まぁ、普通に名乗りましたが…。

後に、上司にことの次第を報告したら、

「いや、苦労をかけたね。あのセンセイ、他のセンセイの監督をやらされたから、不機嫌だったみたい。声がでかいセンセイで怖かったと思うけど、対応はそれでOKだから」

とのお答え。

…………。

おれは子どものおもりかーー!

と、心の中で突っ込むマイスターでした。

いや、別に、声がでかい人とのバトルは、前の職場でもう飽きるほどやったので別にいいんです。
ただこれまでは、仕事上の利害関係とかで争うケースが多かったんですが、
ただお子様なだけ、という理由は初めてだったので、ちょっと面食らいました。

いやぁ、これは、組織の中に入って、当事者になってみないとわかりませんよねぇ。
きっと、日本のお父さん達は、こういう体験をしながら出世してるんだなぁ。

経験できて、ためになった。転職してよかった。

あともう一つの体験は、まあ、単なる会議です。
ただ、

「こんなひどい会議は初めてだ」

と、思わず遠くを見つめてしまうくらいの会議でした。

説明をする事務員は、

「ですのでこれをご提出させていただきまして、よろしければその、一度ご覧になっていただいた上で、ご意見をいただくことができれば、と思っている次第でございまして、何か不都合がございましたらば、ぜひ私どもにご意見をいただければと思っているわけでございまして」

などと、もはや日本語ではなくなっているウルトラ敬語の嵐。
これを見て、何か気づいたらご意見ください、じゃダメなのでしょうか。何かもう、徹底的にへりくだらないと気がすまない、みたいな感じです。
マイスターには翻訳不可能な文章がいっぱい飛び出しました。

そして、20人以上の教員が参加した会議でしたが、もう好き勝手に言う言う。
会議で決定すべきこととはまったく関係ない意見を。

っていうか、

「関係ないことでも、何か批判めいたことを言っとかないと示しがつかん」

みたいなノリでした。

「会議は踊る、されど進まず」
って、字面の意味は知ってたけど、本当はこういうことだったのかぁ…。
しみじみ。

というより、大事なことは会議の外で決まる仕組みになっているようでした。
ザ・根回しの世界。
じゃあ会議の意味ないじゃん。

結局マイスター、会議で何が決まって、何が決まってないのか、ぜんぜんわかりませんでした。
この議事録は、私には作れません。マイスターの定義では、これは会議ではないのだ…。

途中から理解をあきらめ、空を眺めながら心の中で

「わが青春に一片の悔い無し…って、ラオウのセリフだったっけかな…」

みたいなことを考えてました。

でも、普通の日本の大会社の会議とかって、大体こういう感じなのかな…。
「すごい会議の仕方」みたいなタイトルの本が本屋に並ぶわけだよなぁ。

と、また学んでしまったマイスターでした。

とまぁ、このような組織の内情を知るには、プロデューサー視点だけでもだめなわけで、転職して得るものはあったなぁと思うわけです。

でも、一生こういう前近代的な仕事はしたくないな、とも思うわけで、なんとかしなければなりませんね。

大学の組織改革が叫ばれる理由も納得ですよ。

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