教学部門の充実度で勝負するアメリカの大学

昨日発売の『AERA』を見ていたら、高額納税者は港区や渋谷区に集中しているとのことでした。
そんなわけで港区に住み、ジャガーを乗り回すVIP生活を送るマイスターです。
自転車のジャガーだってのが痛いところですが。

さて、その『AERA』でここしばらく、「面倒見のいい大学」シリーズを連載しています。
東大、早稲田、慶応SFC、金沢工大などが登場し、ほお、こんなことをやっているのかと、興味深く読んでいます。

今週は、広島大学でした。

「国立大学では最高のメンタル偏差値」というサブタイトルで、同大のチューター制度を紹介しています。

チューター制度、というと、マイスターは、イギリスの大学にいるような学生チューターを連想します。
記事に登場する広島大のチューター制度は、教員によるものでした。
チューター教員です。

「チューター」というのは、学習や学生生活、その他様々な生活の悩み相談に乗り、学生にアドバイスを行うサポーターのことです。
チューターと呼ばれる人は、大学によって学生、教員、専属のチューター員と様々です。
多くの場合、チューターの登録には、コーチングやメンタルサポートなどのトレーニングプログラムを受講していることが条件です。
(広島大は、そこまではやっていないようでした。チューターの手引書を作成・配布しているようです)

もちろん、広島大学のように、教員がチューターになるのもいいと思います。
学業面のアドバイスは、ハンパな職員よりもより詳細に行えるでしょう。

ただ、絶対にチューターはいるべきだと思うのですが、これ以上、教員の仕事を増やしてどうする?とも思います。

専門分野に関する詳細なアドバイスはともかくとしても、組織体制を考えると、教員ができることには限界があるはずです。

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さて、話をちょっとそらします。

昨日、筑波大学大学研究センター短期集中公開研究会の第4回目に出席してきました。

講師の村上義紀氏は、早稲田大学の事務職として副総長になった方です。
(今は退職されています)

27歳のときに海外の大学で半年間働き、その後も様々な大学の事務・管理組織について調べたという方です。
そのため、あまり詳細には知らなかった海外、特にアメリカの大学機構について、色々なお話が聞けました。

アメリカでは、大学機構の圧倒的中心は、教学部門だとのことです

日本の大学の組織ツリー図だと、「法人本部」みたいな組織の下に、教学部門がぶら下がってますよね。
学内の力関係(?)は、ほぼ対等か、場合によっては法人の方がちょっとエライ感じでしょうか。

村上氏によれば、アメリカでは人数も、力関係も、キャンパス内でのオフィスの位置や広さでも、教学部門が上なのだそうです。

そして、職種、部門がとにかく多い!
昨日の講義で配布された資料では、ハワイ大学の事例が紹介されていたのですが、

 ・学生センター
 ・カウンセリング&学生能力開発センター
 ・奨学金部
 ・女性センター
 ・ヘルスサービス (クリニック含む)
 ・サービス・ラーニング・プログラム (ネーティブ・アメリカンの教育への関心を高める業務)
 ・スポーツオフィス( 体育施設の管理など)
 ・多文化学生サービス (多文化理解のためのプログラムを実施)
 ・スクール・アンド・カレッジ・サービス (外部から学生を集めるリクルーティング)
 ・チルドレンズ・センター (学生および教職員の子供のための保育園)
 ・キャリア・サービス (就職その他学生のキャリアに関するアドバイスなど)
 ・アドミッション・アンド・レコーズ (入学許可および学籍登録)
 ・学生ハウジングサービス (学生の住まいの手配や管理)
 ・留学生サービス
 ・学生就業サービス (学生の、在学中の雇用を手配)
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などなど、数え切れないくらいの専門部署があります。
ここに挙げ切れなかった部門もあります。
Student Affairs担当副学長の下に、21のセクションがあるそうです。

しかもこれらのセクションそれぞれに、その道の専門家がいるわけです。
教員の判断なんて仰がず、すべて自分の判断と責任で仕事をするプロで、責任者は院卒以上の学位の持ち主が多いそうです。

入学の判断、教育に関するサポート、奨学金の決定など、どれをとっても、単なる事務作業の範囲ではありません。

アメリカの大学アドミニストレーターにはPh.Dを持っている人が多いと聞いたことがありますが、そりゃそうかも、と思いました。
権限と責任を考えれば、それくらいの能力が求められるのでしょう。

考えれば考えるほど、こうした教学のプロフェッショナル・スタッフって、大学の質を左右しますよね。

マイスターは4つの大学名が履歴書に入っている人間なのですが、いずれの大学も、教学部門の充実度ではハワイ大学に敵いません。

学習の相談は、研究室のドアをたたいて先生の空き時間にするしかありませんでした。
就職部は「就職斡旋部」であって、自分のキャリアに関する悩みについての相談をする場所ではありませんでした。
一人暮らしをする場合、いくつかの物件情報の閲覧くらいはできますが、基本的には自分で勝手に探すしかありませんでした。

こうした部門のプロが、責任を持って対応してくれる窓口がキャンパスにあったなら、かなり学生生活は変わっていたかもしれません。

日本の大学では、

「それは学生自身に考えさせるのが教育だ、学生に全部一人でやらせるのが指導だ」

となるのでしょうが、ほんとにそれが教育か? と、昨日に引き続き考えてしまいました。

こういう差を知ってしまうと、日本よりはアメリカの大学に行くのが学生にとっても、実力ある職員にとっても当然だよなぁ、と思うわけです。

何でもアメリカ万歳というわけではありませんが、高等教育の競争力ではアメリカが独走状態なわけで、その理由がちょっと見えた気がしました。

「アメリカの学生はよく勉強する、それに比べて日本の学生は…」

などと、学生のせいにしている場合ではありません。

高校時点での学力は、日本の方が上です。

アメリカでは、専任のプロ教学スタッフが、メンタル面も含めてサポートしているのです。

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で、話は冒頭の『AERA』の記事に戻るのです。

学生の相談ひとつとっても、その道のプロを使ったセンターを開設するのではなく、教員が副業として行う。

もちろんAERAの広島大の試みは、日本では進んでいる事例でしょうから賞賛したいのですが、ちょうど村上氏の講義を聞いた直後にAERAを読んだので、微妙な気分でした。

現在も、早稲田大学では若手職員などを海外の大学に長期間送り出し、戻ってきたら責任ある仕事につかせる、という体制をとっているようです。

そうして育った職員が、アドミニストレータとして活躍し、副総長になったりしているとのこと。

マイスター、これまでは割と、広報や経営戦略など法人部門的な仕事のことを多く書いていたのですが、ちょっと反省しました。

大学の実力は、教学部門にあり、です。

リンク:■ハワイ大学
http://www.hawaii.edu/