「子どもはみなブログを持て!」

■「子どもはみなブログを持て!」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20050614nt07.htm

総務省が出した方針。
元になっているのは、同省が設置した「情報フロンティア研究会」(座長=國領二郎・慶応大学教授)による報告書。

-研究会は、ブログや知人同士が意見交換する「ソーシャルネットワーキング(SNS)」の普及で、個人レベルの情報発信が急増し、「企業対個人」「発信者対受信者」といった社会構造まで変えつつある、と分析。その一方で、インターネット関連の知識格差が生じている、と指摘した。

 報告書はこうした現状を打開し、IT社会で日本が優位に立つには、義務教育段階からネットワークで個人が発言する作法を身につけさせることが必要だと主張。あらゆる子どもが自分のブログを持つのが効果的だ、と力説した-(上記の記事より抜粋)

子どものインターネット利用をめぐっては、2004年6月に長崎で起きた、小6女児殺害事件の記憶もあり、世間的には慎重な意見が多いようです。

しかし、子どもにインターネットを使わせない、情報発信の仕方を教えない、というのはもはや不可能な時代ですから、この記事にあるように、子どもには情報発信のマナー、スキルを教えるべきだとマイスターも思います。

ブログは、ITの技術や知識が要らない分、文章手法や、発信する内容そのものに集中できますから、適しているのではないでしょうか。

しかし、考えてみれば、

「自分の考えを他人にわかるようにまとめ、発信し、意見を受ける」

というトレーニングは、いつの時代でも論理的で社会性のある、自立した人間を育てるには、必要不可欠なことだったハズです。

しかしこれまで、多くの人にとってその訓練の場は、大学院や、勤め始めてから経験する実社会だったのではないでしょうか。

中学や高校でディベート授業などを受けられたラッキーな方を除き、
普通の市民にとっては、少なくとも大学入学までは、
自分で「考えを発信する」能力は、鍛える場がほとんどなかった。

大学でも、経験しない人はたくさんいらっしゃるでしょう。
知識をセンセイから受け取るだけの、一方通行型の講義ばっかりの大学はまだ多いです。

(会議の場で自分のことばっかり話して何が言いたいのかわからないオッサンや、ニュース報道をそのまま頭から信じ込んで井戸端会議のネタにするオバサンを見かけると、そんな教育の結果かな、なんてついつい考えてしまいます…)

つまり日本の教育はITという避けられない大きな社会変革を前にして初めて、論理的に自分の考えを述べるためのトレーニングを、義務教育の場に組み込んだということですよ。なんてこった!

そう考えると、ちゃんと授業で早めに批評のマナーや著作権の扱い、考えのまとめ方、提案をうまく伝える方法、などを教わるチャンスがまだあるのだから、むしろこれからの子どもは幸運なのかもしれません。

2 件のコメント

  • 読み・書き・そろばん
    と昔いわれてました。
    そろばんがパソコンに置き換わる時代といえるのでしょうか。
    しかしながら、日本語の特性上、キーボードによる文章作成は「変換」を自動的にやってくれるという機能が、こどもの作文能力に悪影響を及ぼすことは間違いありません。なぜ、このことを深く議論しないのでしょうね。
    そろばん学習が、計算機の出現で注目されなくなったように、ワープロの出現で読み・書きも省略化されていくのでしょうか?
    私自身が、ワープロ機能によって漢字を忘却し、ペンで書く文字が下手になるという実体験をしていますから、学習中途のこどもたちにとって良いはずがないと思うのですが。
    ブログの前にやることがあるというのが、私の意見です。

  • マイスターです。はじめまして。
    ご意見ありがとうございます。
    私も、ワープロ機能に頼って字がかけなくなっている人間ですので、しらいさんが危惧されていることはとてもよくわかります。
    個人的には、ブログの扱いも含んだ
    「情報読み取り&発信のマナー」
    というのは、読み・書き・そろばんをある程度身に付けさせた上で習わせる、「国民のための第4の基礎技術」のようなものと考えています。
    読み・書き・そろばんを幼少時にしっかりと身に付けてきた、ある一定以上の年齢の方々には、ゆるぎない「人としての基礎」のようなものを感じます。国際的に見ても、自慢できる日本の教育成果だと思います。
    しかし「自分の考えを、考え方の違う他人に論理的に述べる」、という場面になると、とたんに、小さな子どものような状態になってしまう方も、少なからず見受けられます。
    これは、従来の「読み」「書き」が、実践的なコミュニケーション能力を育てるという点にあまり力点を置いてこなかったことが原因なのかな、なんて思っています。
    今後は、文化的なバックグラウンドがまったく異なる人々とも、考えを伝えあっていかなければならない時代ですから、その意味で、従来の「読み・書き・そろばん」だけでなく、考えを読み取る、考えを発信する、という能力を、第4の基礎技術として習わせた方がいいんじゃないかな、というのが、私個人としての意見です。
    なので私もしらいさんと同じく、ブログを教育に取り入れることが、従来の読み・書き・そろばんに「取って代わってしまう」ようなことは、望ましくないなぁと思っています。