勤めていた企業で、学生の採用活動を担当していました。

採用全体のプランニングから、リクナビやマイナビなどの原稿制作、
説明会での司会進行、面接官、内定者の対応、新人研修まで。
採用に関することは、全部やりました。

大学職員の頃は、

「まだ3年生のうちから就活を始めさせるなんて、企業はヒドイ!」
「MBAなど、大学院卒の人材は高い能力を持っているのだから、優遇されてもいいはず!」
「新卒採用の仕組みは時代錯誤だ! 通年で採用する仕組みを一刻も早く企業は整えるべき!」


……と、色々なことを思っていました。
今でも、上記のような点は、おかしいと思います。

ただ、採用活動の実感を得て、
企業の批判をしたり、ぼやいたりしているだけでは、物事は変わらないよなぁ、と思うようになりました。

企業の採用活動のあり方にも、それなりの理由があるはずで、
その理由について考えることが、大事な一歩になると思うのです。

日本企業の人事システムの根幹は、
「そう簡単には、正社員のクビを切れない」
……という点にあります。

例えばアメリカなどでは、状況が違います。
人事部は全社を横断するサポートや調整、研修などの舵取り役であり、
社員の採用については、基本的には各部署の責任者が大きな権限を持っています。

ですから、「ある業務」が発生した場合、
「その業務に求められるスキルや能力を持っているかどうか」で、
柔軟に外部から、人材を入れることが可能。

逆に言えば、何らかの理由でその業務が消滅した場合(会社の都合で事業が整理された等)、
そのポストも不要になりますから、あっさり社員をクビにすることができます。


一方、日本では、会社の状況が変わったからといって、そんなに簡単に解雇はできません。
また、賃金をずっと上げずに済むのなら、採用時に「この業務、できますか?」と聞けばいいのですが、
日本の場合は、年齢が上がっていくにつれ、賃金を徐々に上げていかないといけません。

ですから、ずっと働き続けるという前提のもと、
会社の側がうまく、様々な役回りを経験させながら、社員一人ひとりを育ててあげる必要があります。
「中長期的に見て」、会社に利益をもたらすような人材にしていかないと、あとで会社が困るわけです。

そうなると、特定のスキルや専門能力以上に、

「中長期的に見て、会社にロイヤリティを感じてくれるか」
「チームのメンバーと、うまくやっていけそうか」
「新しい環境に対応する柔軟性や、学習能力があるか」


……という基礎的な能力や、人格面が大事になってきます。
だから、採用は各部署が勝手に行うのではなく、人事部が一括して行うことになっているわけです。

仕事の仕方も、日米ではずいぶん違います。
アメリカでは、「隣のデスクの電話が鳴っていても、誰も出ない」というほどに仕事が個別分業化されていますし、その分、責任の所在も明確です。
日本だったら、少なくとも自分の部署の電話には、出ますよね。仕事は、チームで行うものと教育されます。


日本の大学も、MBA(経営学修士)の大学院が、ずいぶん増えました。
その一方で、
「MBAを持っていても、日本の企業では採用で有利にならない」
「日本の企業は、MBAを評価してくれない」
……と、ずっと前から言われ続けています。

それは単純な理由で、上述したとおり、MBAのシステムが、アメリカなどでの、仕事のスタイルを前提にしているからです。
アメリカの企業なら、「マーケティングに通じています」「財務のスキルが高いです」となれば、その担当部署のボスが、「じゃあ、この業務を任せたよ」と判断できるのです。
採用する理由=いまそこにある業務=MBA教育で身につけた知識・スキルで対応可能かどうか、です。

アメリカ型の企業では、会社は「業務・ポストの集合体」だと考えられているのです。
一方、日本の企業は、「社員の集合体」という認識でつくられているわけです。

つまり日本の企業は、そもそも仕事の仕方、働き方が、全然違うのです。
アメリカのMBA教育を、そのまま持ってきても、機能するはずがありません。

「ポスト」ではなく、「人間」を基本に考えているが故の、ジレンマです。

日本でも、正社員のクビを簡単に切れるような仕組みにしたら、
MBAコースは大いに流行るだろうと、私は思います。


ただしその場合、これまで機能してきた様々な制度が同時に崩れてしまうので、
「どちらのシステムにした方が良いのか」と考えて、選ぶ必要があります。
私は、単純に、アメリカ型にすればいいとは考えません。
でも、「今の日本企業の仕組みを前提にしていたら、MBAは今後も必要とされない」とは、思います。

*  *  *  *  *


新卒一斉採用も、上記のような日本型の仕組みには、合っています。
特定業務だけに活かせる専門能力よりも、基礎的な能力や人格面を判断するとなれば、
人事部が、一定の基準の下に全社員を選抜・採用する方が合理的です。

特に大きいのが、研修。
日本の企業では、

「会社全体を理解させる」
「所属部署を越えて、自分たちは同じ会社の仲間であるという意識を持たせる」


……という点に重点を置いた研修を行いますよね。
これも、簡単にはクビを切れないが故、なのですが、大事なのは、
こうした研修は、「全員で一緒に行わないと、効果が失われる」という点です。

新卒採用を「一斉」のタイミングで行うのは、
同じタイミングで入社して、同じように全社の現場を見て回って、
同じテーマで一緒に議論して悩んで……という、「全員での研修」をしたいから、
……という理由に拠るところが大きいのです。

もちろん、採用自体にかかる労力も、極めて大きいです。
企業にとっては、本業を圧迫するほどの負担です。

企業は、本当なら「必要なことは大学や大学院で学んできてくれよ」と言いたいくらいなのですが、
上記の通り、今のところ、組織にとって大事な要素なので、無理をして研修をしているのです。


いま、東京大学での検討を皮切りに、日本でも「秋入学」が議論されています。
すると卒業の時期が人によってバラバラになりますので、企業の採用活動もこの機会に通年化しては、という意見が出ています。

ただこれも、現時点では、上記のような事情から、様々な困難を伴うことが予想されます。

例えば日本でも、外資系企業などでは、特定のポストに就いている限りは賃金は変わらない、
つまり給与を上げるためには、自分で上位のポストに応募する必要があるという仕組みを
導入している例はあります。
こうした組織では、人材流動性も高いです。
もし、そういった仕組みを本気で導入するのであれば、通年採用の実現可能性も上がるかもしれません。
ただし、「本当にそっちの方が良いの?」と、議論して考えた方がいいでしょう。

*  *  *  *  *


ところで大学職員の採用では、興味深いことが起きています。

大学では、昔ながらのゼネラリスト型の職員に加え、
広報や財務、国際業務などの分野で、高い専門能力を持ったスペシャリスト型のスタッフを、
外部から中途採用(通年採用)し始めています。

見てみると、いわゆるゼネラリスト型の正職員は、基本的に終身雇用です。
でも、たまに公募されるようなスペシャリスト職員では、任期付きのポストが少なくありません。
ときに、派遣社員や契約社員のような形で、そういた業務の担当者を補充しているケースも見受けられます。

正職員には、大学の「マインド」を担い、高いロイヤリティを求める一方、
専門的なポストでは、まるで外資系のような、人材流動性の高い仕組みを導入しているわけです。
前者には、基本的に新卒一斉採用で採用し、一斉研修を行っています。
でも後者には、研修らしいことはおそらく、ほとんど行っていないはず。

忠義を付くし、長く勤める人材には研修の手間もかけるが、
ポストを担当しているだけの人材には、(どんなに組織に貢献していようと)お金や手間はかけない。

つまり、大学は企業の人事システムを批判しつつ、自分たちも同じことをしているわけです。


私は、どこかの大学組織が、自分たちの組織をモデルに、大規模な実験研究を行ったら、
世間から注目を浴びると思っています。

大学職員は人気職種ですから、年間数人〜数十人の募集に対し、
数千の希望者が集まることもあるでしょう。

そんな中、一斉採用をやめて、通年での採用活動を基本にし、
秋入学の学生でも一切の不利益を受けない研修のシステムをつくり、
MBAを採った人材を優遇し、その能力を活かせるような人事制度を構築するのです。

これができたら、他大学はおろか、多くの企業が注目するでしょう。
その過程で判明した課題や、その解決法は画期的な事例研究の成果となり、
共同研究の依頼や、コンサルティングの引き合いもくると思います。
その上で、「企業は新卒一斉採用をやめるべきだ!」と主張したら、大変な説得力です。


私も、企業の採用活動については、大いに問題があると思います。
これからの社会の状況に合っておらず、変えた方が良いと思う制度やシステムも、やまほどあります。
ただ、それは、そう簡単ではありません。

特に現在の日本では、高齢の方の利益を守ろうとするあまり、数十年先のための社会制度改革が進まないという現象が、いたるところで起きています。

そんな中、批判や文句ばかり言っていても、
問題の責任を他の誰かのせいにしようとしても、
しょうがありません。

大事なのは、自分たちだったらどうか、という視点で考えることだと思うのです。

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