大学の専門教育評価をめぐる動き

マイスターです。

大学で行われている専門教育。それぞれの大学によって、その内容は千差万別です。
伝統的な学問分野であれば、どこの大学でも大体同じような名称の科目を一通り持っているとは思いますが、だからってシラバスの内容や教育方法が同じとは限りません。大学には、学習指導要領はないのですから。

ただし、ある程度カリキュラムや教育方法が統一されていないと困る分野もあります。人の命に関わる分野なんてのは、特にそうでしょう。例えば、どの大学を出たかによって医師の知識が大きく偏るようでは、私たちは気軽に病院に行けませんよね。

医師のように、国家による資格試験が存在する場合はまだいいのですが、そうでない分野もあります。
その一つが、技術者教育。いちおう「技術士」という資格が存在するのですが、別にこの資格を持っていなくてもエンジニアとして働くことはできます。実際、少し前までは大学によってカリキュラムがけっこう違うこともあったのではないかと思います。しかし考えてみれば技術者はある意味、医師以上にたくさんの人命に関わる職業です。「技術者養成を謳うなら、最低限これくらいは教えるべきだ」という基準があってもいいはずですよね。
ここ数年、技術者のスキルや倫理観が問われるような不祥事も起きてしまっています。技術者としての専門教育をちゃんと評価・認定すべきじゃないかという社会からの声は高まる一方です。

そこで今では、「日本技術者教育認定機構(JABEE)」という、国際レベルの教育水準に適合する質の高いカリキュラムを認定評価する団体が注目されています。

■日本技術者教育認定機構
http://www.jabee.org/

エンジニアとして身につけておくべき専門知識や技術の他、技術者倫理に関する教育などについても規定している、かなり厳格な審査機構です。数年おきに評価をしますし、その際はシラバスの書かれ方などまで詳細にチェックするようです。
技術者教育はどうあるべきなのか。産業界、学会、大学、官庁の協力を受けながら、活動しているようです。

このJABEEはメディアでもしばしば取り上げられますが、さて、最近また新たに他の分野で、同様の動きが起きているようです。

中心になっているのは……学会です。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「薬学教育の“質”評価へ‐大学人会議が基準案策定」(薬事日報)
http://www.yakuji.co.jp/entry2415.html
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日本薬学会薬学教育改革大学人会議の第三者評価検討委員会が策定を進めていた、薬学教育(6年制)第三者評価の評価基準案がこのほどまとまり、1日に京都市内で開かれた説明会で概要が示された。6年制薬学教育の質を社会に対して保証するのが主な目的。今後、評価基準要綱や評価実施機関の概要を固めた上で、2010年から2年間のトライアルを実施、2012年から正式な評価が開始される計画だ。

薬学教育の第三者評価は、4年から6年への教育年限の延長を認めた04年2月の中央教育審議会の答申で、その必要性が提言された。年限延長に伴い、その趣旨を踏まえた質の高い教育が十分に行われているかどうか、確認する必要があるという指摘だ。

これを受け、日本薬学会が中心になり、薬局薬剤師や病院薬剤師などの意見も踏まえて策定したのが今回の評価基準案。「薬学共用試験(CBTおよびOSCE)の実施結果が公表されていること」など、全部で71項目に及ぶ基準が並べられている。
(上記記事より。強調部分はマイスターによる)

4年から6年に延長された薬学教育。しかし、ただ長くするだけではいけません。ちゃんと薬剤師養成のために最低限必要な教育水準をクリアしているか、第三者が評価する必要があります。

しかも薬学部というのは、(6年制になる前の)数年間のブームで、いっきに数が増えました。「受験生が集まるらしい」という評判があったからです。
もしかしたら中には、十分な設備や教育体制を備えていない大学だってあるかもしれません。薬学教育全体の水準を一定以上に保つことが、改めて問われているわけです。

そこで、日本薬学会が中心となって、評価基準案がとりまとめられました。

基準案の大項目は、[1]理念と目標[2]教育プログラム[3]学生[4]教員組織・職員組織[5]施設・設備[6]外部対応[7]点検――の七つに分かれる。中項目としては、「実務実習」「問題解決能力の醸成のための教育」「社会との連携」など12項目が設定された。

特に、▽豊かな人間性や高い倫理観▽医療人としての教養▽現場で通用する実践力▽課題発見能力・問題解決能力――などを備えた薬剤師を養成できるように、その教育体制を複数の観点から評価することに重点が置かれた。全学年を通した医療人教育、薬害など医療安全教育、卒業研究の必修化などが盛り込まれている。

達成しておくべき必須条項は「…であること」「…とされていること」と示し、努力条項は「…に努めていること」と表記された。これにより教育研究活動の質を保証するのが目的だが、理想を掲げることによって改善が促進されるように、「…が望ましい」と表現した“理想条項”が設けられた点が特徴だ。
(上記記事より)

「教員組織・職員組織」という項目もありますね。職員組織がどのように評価に組み込まれているのか、気になります。
また、JABEEと同じく「高い倫理観」という項目が入っているのも注目です。薬学部は専門職養成機関としての役割が大きいのですから、これは必要だと思います。
現在のところ、「5~7年ごとに評価を行い、指摘事項がある場合は1~2年後に再評価する」という仕組みを想定しているようです。

■「日本薬学教育認定機構」(仮称)も立ち上げへ

現在、高等教育の認定には、大学全体の経営や運営などを査定する「機関別評価」と、学部や大学院など各領域ごとに査定する「専門分野別評価」の2種類がある。機関別評価は04年から各大学に義務付けられ、文部科学省の認定を受けた大学評価・学位授与機構など3団体が認証を行う体制が出来上がっている。

今回の薬学教育に関する第三者評価は、専門分野別評価に該当するものだ。この評価では、法科大学院が機関別評価と同じ評価体系で、工学系分野が任意団体による評価体系で、それぞれ査定を受ける体制がある。薬学教育分野では任意の評価団体として「日本薬学教育認定機構」(仮称)を立ち上げ、工学系に似た体系で評価を受けることが想定されているが、将来は機関別評価と同じ土俵に乗る可能性もある。
(上記記事より)

報道を読みながら、JABEEに似ているなぁと思っていたら、やはりモデルにしているようです。

JABEEの認証を受けようとする学部学科は全国で増えつつあるようです。「日本薬学教育認定機構」も、同様の展開を目指すのでしょう。

ついでにもうひとつ。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「『全国建築系大学教育連絡協』が発足(02/27)」(建設業界ニュース東京版)
http://www.kentsu.co.jp/tokyo/news/p03360.html
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日本建築学会(村上周三会長)は2月22日、「全国建築系大学教育連絡協議会」を正式に発足させた。建築士法改正を受け、建築教育と建築士制度の関係のあり方などを議論することが狙い。大学などの建築系学科・コースの参加を募る。国が進める具体の制度設計に対し、早ければ夏までに教育機関側の要望をまとめる。

耐震偽装問題の再発防止を目的とする改正建築士法は、▽専門資格者による法適合性チェックの義務付け▽管理建築士の要件強化▽建築士事務所に所属する建築士に対する講習受講義務付け▽建築士試験の受験資格見直し―などを柱として、2006年12月に公布された。

建築士試験の受験資格見直しをめぐっては、「所定の学科を卒業」としていた学歴要件を「指定科目の履修」に改めるとともに、実務経験を原則として設計・工事監理業務に限定。公布から2年以内の施行を予定している。
こうした一連の改革は、建築にかかわる教育機関に大きな影響を与えることから、同学会は建築系教育機関の連携が必要と判断し、連絡協議会の設置を決めた。代表は建築学会の村上周三会長が務める。
(上記記事より)

全国の建築系大学による協議会を設立しようという動きです。

薬学と比べた場合、こちらはどちらかというと「国の動きに対して、大学側が協力して対抗しよう」という意図があるように思えます。
改正建築士法がの公布が、そのきっかけになったようです。

建築士の受験資格というのは、これまで「所定の学科」を卒業するともらえる、というものでした。つまり、自分がどんな授業を履修しようと、とにかく所定の学科を出さえすれば、建築士の受験資格が得られたのです。
(※学科の名称やカリキュラムによって、学科に与えられる認定のレベルには差があります)
でもこれからは「指定科目の履修」が、受験資格の条件になるわけです。学生の履修指導をちゃんとやらないといけなくなりますね。これは、良いことのように思えます。

ただこれって、これまで建築教育に関する「所定の学科」として認められていなかった学部学科の学生でも、「指定科目」の単位を集めさえすれば、建築士の受験資格が得られる、という意味でもあるんじゃないかな、とマイスターには読めます。
教育学部でなくても所定の単位を集めれば教員免許を取得できるのと同じようなものでしょうか。これって、既存の建築系学科にしてみたら、相当おおきな変化ですよね。

また、「実務経験を原則として設計・工事監理業務に限定」とあります。例えば「所定の学科」として認められた建築学科を出た場合、卒業と同時に二級建築士の受験資格、さらに2年の実務経験を終えると一級建築士の受験資格が得られます。
ただ、この「実務経験」には、大学院も含まれるのです。このことは建築学科において、大学院進学者を増やす要因として働いているように思われています。
ですからこの規定ができれば、大学院での教育に深刻な影響が出るのではないかと、建築学科の関係者は予想しているのです(たぶん)。

というわけでこちらは、薬学や技術者教育に比べると、ちょっと生々しいというか、大学側の都合もかなり入ってきそうな気がします。
(もちろん実際には、望ましい建築教育についての意見をまとめたり、社会に向けて提言を出したりということもされるでしょう。上記はあくまでも、マイスターなりの見方です)

以上、二つの報道をご紹介いたしました。

どちらも学会が関わっています。
学会がこのような形で組織的に大学のカリキュラムに口を出すというのは、以前ではほとんど無かったことなのではないかな……と思います。

今後、他の分野でも、同様の動きが広まっていくのでしょうか。

以上、マイスターでした。

2 件のコメント

  • 私は高専生ですが、JABEEに認定される高専が全国でも着々と増え続けています。
    大学の事情がどの様なのかは分かりませんが、薬学・建築士の質の向上、また科学技術の水準が更に高まる様同じ高等教育を受ける者として切に願うばかりです。