マイスターです。
何度かこのブログでも書きましたが、以前勤めていた会社は、離職率100%(マイスター含む)でした。
おそらく、企業広報の企画を書きまくれるという点では日本有数の恵まれた場所だったと思いますが、みな辞めていきました。
辞めた理由はそれぞれです。どこか特定の業界で働いてみたくなったというマイスターのような人間もいれば、ハードワークに心身をボロボロにして去っていった人間もいます。仕事に対する考え方が会社と合わなくて辞めたという人間もいます。
理由は様々ですが、とにかく現在も、離職率100%記録は更新中みたいです。変わらないのは経営陣だけです。

マイスターが勤めていたのは、企業広報のプロダクションです。マイスターがいた当時は社員5名でした。
つまり、「人」が生命線です(っていうか、会社として持っているリソースは、はっきりいって「人」だけです)。
「人」が命の会社で、人がどんどん辞めていく。これが何を意味するか、皆様もおわかりでしょう。組織として、いつまでたっても拡大できないということです。スタッフ一人一人は確実に業務を通じて成長していきましたし、マイスターもその点はすごい会社だったと思うのですが、会社が「組織として」成長できずにいたわけで、これは、やはりどこか不毛です。


マイスターがいた会社に限らず、世の中の企業は多かれ少なかれ、「スタッフを育てながら、しかも辞めさせないにはどうすればいいか」という悩みを持っていると思います。
皆様もご存じの通り、今は新卒採用で入社した若者達の何割もが入社後、数年の間に辞職・転職を経験するという時代。「未来の幹部候補に」なんて言って数人を採用したとしても、数年以内にそれが半分になっちゃったりする、そんな状況です。採用したことが、定年まで勤め上げてくれることを意味した時代は終わりました。したがって、かつて多くの日本企業がとっていたような「有名大学の学生を一人でも多く確保する!」という採用方針だけでは、まともな人材獲得・育成はできなくなりつつあります。

ですから企業の人事部門では、「辞めないで働き続けてもらうにはどうすればいいか」ということが、大きなテーマの一つになっています。研修メニューを充実させる、有能な若手を重要なポストに就けやりがいのある仕事を与える、給与を上げるなど、どのような方策をどのくらいのバランスで実施するか、彼等の悩みは尽きません。
大きな企業には、「CI(Corporate Identity)」といって、企業のアイデンティティーを明確にして浸透させるための指針を策定しているところも少なくありません。その目的の一つとして、「社員のモチベーションを上げ、一体感を持たせる」という人事上の理由を挙げている企業も、実は結構あるのです。今後、企業同士が合併・統合していく機会は増えていくと思われますが、そういった環境下で社員を新しい職場に定着させるために、CI活動が効果を発揮すると考えられているのです。



ここからが今日の本題です。

みなさんの職場では、「若い教職員が職場を去っていった」ということは、どのくらいありますか?

かつて転職のための試験を受けるために、マイスターが現在の大学を訪れた際、「離職率はどのくらいですか?」という質問に対して、大学の人事部門の人たちは、誰も答えられませんでした。質問の意味自体、すぐには理解してもらえず、一瞬「??? 何を言っているんだこの人は?」という顔をされたのを、今でも覚えています。後に「離職率はほとんどゼロパーセント」だということがわかりました。

そんな職場ですから、すべての人事計画が、「この人は絶対に定年まで辞めない」という前提で策定されています。

大学職員の皆様だって自分の労働環境に満足しておられる方ばかりではないでしょうが、にも関わらず、辞めて他のところに行こうとまでする人は、確かにほとんど見かけません。
現在のところ、大学職員の待遇は民間企業に比べても高いので、辞める人が少ないということもあるでしょう。また、「大学職員」という職種は、転職市場では(公務員と同様)組織内のことしか知らない人材であるとして、低く評価されることが多いのですが、大学で働いている方々もそれを重々承知しているので、自ら外に出ようとは考えない、ということもあると思います。
そんなわけで、どんなに不満があっても、基本的には職場を移ることはないのが、大学職員です。

また「継続年数=忠誠の証」だとする旧来の日本社会の価値観も、未だにそこかしこで残っているような気がします。
あと、これは個人的な印象なのですが、大学職員の世界では相互扶助の職場コミュニティがまだ比較的機能しており、仕事場を出ても職員同士、家族ぐるみで交流をしているという方が、ちょっと多めである気がします。これはもちろん良いことですが、人によってはこういった環境が、転職からさらに意識を遠ざける結果になっていることもあるように思います。


とまあ、理由は色々とあるでしょうが、とにかく、大学職員はあまり転職・辞職をしません。

人事部門の方々や経営陣にとってはありがたいことでしょう。でも、このことでデメリットもいくつか生まれているように思います。合理的でない人材育成方針がいつまでも維持されていることは、その一つではないでしょうか。

マイスターは常々、大学職員の「ローテーション人事配置」の問題を訴えています。4年間学生課にいたかと思うと、次は経理課で7年を過ごし、次は図書館で9年、次は広報課の管理職として5年……というアレです。スペシャリストとしての専門性も、経営管理のための能力も身に付かない、ただの「ベテラン」を量産するだけの仕組みだとマイスターは思っています。このローテション人事も、「職員達は一生辞めない」という前提と強固に結びついて実施されています。
もし、自分の将来に不安を感じる若手職員が次々に職場を離れるような事態が起こっていたら、この気長でのんきな発想はとっくに撤廃されているんじゃないだろうか、とマイスターはよく感じます。大学は人材の育成に関しては、どちらかというとあまり繊細に考えていない組織だと思います。

このローテション人事によって、これといった専門性のない、組織内の事情にだけ通じた「ベテランさん」が量産されます。組織の外で広く通用するような際だった専門的能力がないのですから、ヘッドハンティングをされたり、より高い報酬を求めて自ら転職するということも普通はまず起こりません。その結果、ますます大学職員の人材流動性は下がり、いっそう「不満はあっても辞められない」職員が増えるというわけです。悪循環ですね。
「日本版・大学アドミニストレーターの育成」といった話題が出るとき、アメリカのように大学職員の人材流動性を高めることが大事だという意見がしばしば出されます。マイスターもそう思いますが、しかし現状を見る限り、残念ながらまだ当分、そういった時代が来ることはないように思えてなりません。大学の人事部に、そもそも、「ヘッドハンティングした人材に、特定部門で高い専門性を発揮してもらおう」という発想が根付いていないのですから。


逆に、こういう考え方もできるでしょう。
前述したように、閉鎖的な人材獲得・育成計画しか持っていない大学が多い中、しかし一部では、戦略的にスタッフを育成したり、外部から広くスペシャリストを獲得していこうという大学も現れ始めています(前者を「人材への意識が低い大学」、後者を「人材への意識が高い大学」と仮に名付けましょう)。
この両者の、意識レベルの差が大きくなればなるほど、意識が低い大学から高い大学へ、次々に優秀なスタッフが移動していくということが起こってくると思われます。

大学職員は、転職をあまりしませんが、しかし、焦りや不安を持っていないわけではないのです。
また中には、転職市場でも競争力を発揮できるほどの優秀なスタッフだって、いないわけではないのです。その能力は、問題発見・解決能力であったり、特定業務領域に関する専門的な知識であったり、語学力であったりと様々です。
「人材への意識が高い大学」が、広くヘッドハントを行い始めていったときに、こうした優秀なスタッフほど真っ先に移動していくだろうということは、想像に難くありません。なぜなら、優秀なスタッフほど、無計画な人事ローテーションなどの制度を嫌うと思われるからです。

つまり人材流動性は今のところ低いのですが、ひとたびこれが高まれば、意識が低い大学はあっという間に淘汰されるという状況が、すぐ近くにあるというわけです。このことに気づかない大学には、残念ながらあまり良い未来は待っていないように思います。


大学の方々は、「スタッフが次々に辞めていく」ということの恐怖を、本当の意味でまだ知らないと思います。
これまで当然のようにそこにいて、今後もいてくれると思われていた人材達が、毎年少しずついなくなっていく。これは、組織にとっては、将来の可能性を少しずつ摘み取られていくような体験です。
もしかすると最初は、「どうしてわざわざ辞職していくの?」と、不思議に思われるだけかも知れません。民間企業でも、今でこそ転職は当たり前の選択肢になりつつありますが、かつては、周囲に理解されない行為でした。しかし一度、終身雇用の仕組みが崩れると、ご覧の通りです。


三行半を突きつけられたことがない大学は、それゆえ、スタッフ達を引き留める術も知らないでしょう。
これまではそれでも、牧歌的な業界の中でのんびり存続していくことができましたが、今後はそうは行かないはずです。
マイスターは現在すでに、意識も能力も高い何人もの大学職員に、様々なところでお会いしています。彼等は、一度外から声がかかれば、迷いつつもきっと、結果的には外に出て行くだろうと思います。部外者のマイスターにそう思わせるほど、彼等の職場は、彼等の声に耳を傾けていないのが明らかなのです。


大学にとって一番の資産は、「人」です。その中で、教員と学生とOBの重要性はこれまでも言われてきましたが、リソースとしての「職員」の認識は、非常に限られたものでした。

今後は、その考えは改めないといけない時代が来ると確信する、マイスターでした。

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